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居酒屋の客
- 2017/11/16(Thu) -
        昔、大学のあった高田馬場や、実家のあった横浜や、その後に住んだ仙台や、恋人のいた博多
        とかで出入りしていた居酒屋の主人は、私のことをどう思い出すのか、と、我が家に通う猫た
        ちを見ていておもった。
         
        我が家は、猫の居酒屋のようだ。5代目を迎える猫たちが、ベランダ、台所、玄関、室内にい
        るので、それらに食事を出すのがひと仕事だ。刺身が好物のもの、キャットフードに鶏を焼い
        た油をたらしたものが大好物なもの、焼き肉命なもの、ドライキャットフードに缶詰キャット
        フードをトッピングしたものが好きなもの等々・・・

        しかし、オスは早々にいなくなる。時には、前日私の手に頭をつけていたものが朝に私の眼前
        でクルマに轢かれて死んだり、なにか事故で血を吐いて玄関前に倒れていたりする。

        そんななか、二代目であるメスがこの二週間から来なくなった。
        娘や孫やひ孫たちに遠慮するようになったのか。



        その猫をおもうように、私が毎日通った居酒屋のオヤジや女将たちも私がふっつりいかなくな
        ったときにおもっただろうか。そうなら、すがすがしい。



        いつだったか、昔、八代亜紀だったとおもうが、♪もいちど逢いたい~♪ という歌詞の歌を聴
        いたことがある。
        

「もういちどあいたい」
        そう、思うことが自分にあるのだろうか。
        いきなり喧嘩した恋人と電話がつながらなくなったときなどは、そう私もおもったが、

        いま、もういちど会いたいとおもう昔の恋人はいない


どうせ再会しても
いつかはどちらかが死んで訣れることになる
別離は所詮避けられない
あなたの死に顔見たくないから私が先に死ぬね、
と言った恋人ももういないのだ



そして、いなくなったその二代目も、彼女が生まれて、やんちゃだったころ、
        子を産んで苦労していたころ、その偉大さは私に教えるものがあった。

        恋人にしても、あのとき、あの場所の、あのときの我らだったから交錯することができたのだ。



        スウェーデンでの私の親友は、どこにそんなエネルギーが、とおもうほど、活動的で生き生きしていた。
        毎日、私なら2時間はかかるところを1時間自転車で行き、ダンスの練習をしていた。
        あるとき、私が、外国人でいわれのないことで警察に呼ばれたとき、期末試験の朝だったにもかかわらず、
        彼が試験の前に警察に自転車で行って、私がそんな人間ではないことを言明してくれた。
        そして、その他知り合いみんなに呼びかけて、大勢を同じように動かしてくれた。
        署長は、私に、「きみはいい友人たちをもった」 と言った。


その彼が、私の帰国すぐあとにガンで倒れたとその弟からメールが来た。


Jonney Nilsson


きみも偉大な私の知友だ。


もういちど会いたい、なんていわない。




ありがとう。きみのおかげで、いま、私は、いる。



s





        
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目覚めた人たちの道
- 2017/11/14(Tue) -
釈尊が思惟し、ソクラテスが思考したころよりは、
現代に生きる人々は、学校教育のおかげで、
ニンゲンの細胞が生まれた時から生成と死滅を繰り返し、
ついには死滅が支配するということを常識で知っているし
ニンゲンは世界規模の殺し合いを何度も懲りずに行ってき、
いまも飢えて死ぬ子どもたちが世界のあちこちにいることを
歴史を勉強することで、ニュース報道に接することで知っている。


それなのに、釈尊が覚醒した知恵や、ソクラテスがこだわった知恵を
いまだに人々が身につけられないのは・・・・・・それが、ニンゲンなのか


かつてニーチェは、「喜びよりも悲しみのほうが深い」 と言った。
確かに、たとえば、子猫を見ても、かわいい、と喜ぶよりも
それがクルマや他の動物によって早々に殺されることが 「真実」 と諦(あきら)めているほうが
自身の心を守ることはできるだろう。
しかし、たとえ、「常なるものは無い」 のが真実だとはいえ、
世界の喜びの後ろに全て悲しみを見る目もまた、偏った見方の1つだろう。





ニンゲンが、本当に、仏陀の知恵、つまり、目覚めてしまった人の認識知や
ソクラテスが追究した知識を、あたりまえのようにわきまえるようにならない限りは
政治指導者同士の、あるいは、研究機関での、あるいは、
学校や近隣同胞との、争いもめごとは終わらないだろう


釈尊が目指したのは、全ての人々が自分と同じような知恵を得て
世界全土がまっとうに動く地上の姿なのだったろう


争いこそが、競争を生み、仕事も研究も進歩させる、という考えは、
そういう状況しか知らないニンゲンならではの理屈だ。
相手を虚偽によって落し入れ、密室会議で出し抜くやり方での 「勝利」 など、
所詮は、蝸牛の争いの勝利にすぎず(あるいは単なる当事者の安逸のためで)、
そのようなものは、人類全体の進歩にも、社会善への前進にも何ら寄与しない





世界はこのようにあるのに

ニンゲンたちの間では、なぜ、「見えない」 者たちが圧倒的なのか


(本記事は2008年10月7日に書かれた)


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秋の俳句
- 2017/09/17(Sun) -
私がいまいる沖縄の離島にも、昨日、秋の風が吹き初めた.

あきらかに朝日の力がゆるやかになり、風に涼しさが宿った.それは今朝も続いている.

暑さがあったからこそ、この変化を感じとる.


☆ ★ ☆ ★ ☆



私には、昔、つまり、スウェーデンに行くまえ、俳句を詠んだ恋人がいた.

私がスウェーデンに行くと決まった夏の終わり、彼女は、秋と、二人で歩いた早稲田近辺の風景を読み込んだ句をつくった.私は、スウェーデンにいる間からもう彼女には連絡しなくなったが、彼女の句は、スウェーデンの冬迫る前の秋の日差しの下でも、いま、沖縄の炎熱のあとの秋の気配の下でも、口ずさむものになっている.




人間の精神もまた、美しいものなのだった.



t


20110907
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重陽の節句に祝う
- 2017/09/09(Sat) -
(本記事は08年のこの日に最初に書かれた.)


今日は、9月9日、重陽の節句であるとともに、

私が、研究者として最も尊敬するある先生の誕生日でもある。



私は、これまで、国の内外で数多くの 「先生」 に出会ってきた。

どの 「先生」 の感化も私は受けてきたが

またどの先生にも、いわゆる、欠落している部分があったものだった。



世界的に認められているある教授は、私はそのために日本に戻ってきたのだが

指導している私の学位論文の一節を自分の学会発表に使って 「ごめんね、使っちゃった」 と笑った。

女性の助手と出かけて、学生の面談時間をすっぽかしても平気だった。



温厚で人当たりのよいある教授は、
自分が大学院教授になるために、先輩の業績のあら捜しにやっきになっていた。



太っ腹、鷹揚を売りにしていた教授は、
私がその専門言語を 「サンスクリットに比べたら簡単だ」 とそのお弟子に漏らしたら、

私のサンスクリットの先生であるこの先生に私の頭脳人格を全否定する電話をかけてよこしたという。



このように、大学教授といってもくだらない人間を挙げればきりがない。



しかし、私が影響を受けた 「先生たち」 の中では、

きょうのよき日に誕生日を迎えられる先生は、

その先生をも批判する人はもちろんいるが、私には

だれよりも学問に厳しく、だれよりも公平無私の人だった。



この先生と、ウプサラ大学で私が出会い

スウェーデンに私がいた間に定年になり、その後亡くなられた古ノルド語の教授は

それぞれ、私が理想とする人格と頭脳をもっていらした、ということで

私にとっては、最も尊い 「先生」 だといえる。



人生の一齣一齣は一回きりしかないものだが


私は、このお二人に出会えたことで、

自分の学問生活は満ち足りていた、といえる気がする。


彼らとの出会いもまた、私の財産、私が生きたことに感謝して死ねる理由のひとつである。



b



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ウプサラ大學の空気
- 2017/09/08(Fri) -
スウェーデンの、最高学府にして北欧最古の大学、ウプサラ大學の学部・大学院の教室には

よい先生が導く小学校の教室のような

自由で明るく、ただ、学ぶことを愉しむだけの空気が横溢していた.

特に著述はなくとも、その学識は日本のどんな研究者も及ばぬであろう老教授、

彼は、私が目指した、「どんな言語の単語も、語源から音韻法則に正確にのっとってその成り立ちを説明する頭脳」 をもっていた.
そんな叡智の数々を、彼は、まるで、茶飲み話をするように、さらりとこともなげに語ってすましていたものだった.

私の親友だった Cristian Kampitsch はいつも教室の後ろの席で椅子を後二本脚でゆらして鉛筆を噛みながらニーチェを読んでいた.授業は、ドイツ語文法学・ドイツ語翻訳の時間である.
そして、教師になにかつっかかかりたいことがあると、いきなり立ち上がって、教室を縦断して教師と文法論を戦わせていた.
教師 Kenneth も、そんな彼の挑みを喜んで受け止めていた.

――――――

日本の大学院には、授業に出るのにも、この先生の授業に出ていればどこかの大学に就職を紹介してもらえるから、
という理由だけで出ている者が、私がいた頃の早稲田大学旧ドイツ文学科にはうようよ、いや、私の周りはそんな人間ばかりだった.
留学するにしても、ハクつけのため.帰国してからの就職のためで、その国で本当に鍛えようなどとは思っていない者たち.留学中1年間部屋から極力出ないで、趣味の楽器の練習とコンピュータ遊びをしていた云々.


「世界の~」 という呼称は日本ではいまは、映画監督やお笑い芸人の専売ではない.ちょっと外国に論文があると、自分を学生に 「世界の○○」 と呼ばせる大学教授までいる.


私がスウェーデンで出あった先の老教授は、世界の、というか、歴史的な先生だったが、定年になり、私の申し出を微笑んで断って独りで自分の書籍を台車に乗せて学部長室を去って行った後姿は、真に、偉大な人のそれだった.

――――――

日本人もノーベル賞をとったりすることもあるから、
日本の政治家も学者も、自分たちは世界に伍しているとおもっているかもしれないが、

日本人の大多数の大学人および企業の管理職クラスの真の向上心のなさ、世界視野での善への希求心の欠如は、いまは陋習となっているといってよい.



この国が、いつか本当に世界の国々と、その精神性のゆえに肩を並べることができる日が来るのか.


それは、もしかしたら、一見この国のエリート層・上級生活者たちのように自認している者たちの力ではなく、

民間の、名も無いような人たちが、一人ひとり海外で真によき活動をして、
その国の人々に評価され、
日本人のイメージが変容し、かつ、
そうした無名人の生き方を国内でも評価できるような、
そんな土壌ができてからのことになるのかもしれない.


k



(09.02.10記)
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あるスウェーデン人男性の恋愛 事例2
- 2017/09/01(Fri) -
私が住んだウプサラ大学の学生寮、コリドーには、12名中半数がスウェーデン人の男女だったが、




その最初から、一番奥の左側が、Björn の部屋だった. 彼とは、最初からのつきあいだ.



彼は、金髪長身小頭逆三角顔細身、で、日本人女性ならばほうっておかないタイプの男性だった.

しかも、やさしい.




しかし、彼に恋人がいなかったのは、彼がだれよりも控えめだったことによるのかもしれなかった.

でも、それもスウェーデン人男性らしい、といえば言えるかもしれない.










そんなコリドーに、二年後くらいに、korridorsmammma だったメアリーがいよいよ研修医になって出ていったあと、

独りの女の子が入ってきた. マギー という名だった.









マギーは、如才ない子で、だれとも親しく話し、よく、コリドーの共同リビングでゆったりと食事してテレビを遅くまで観ていた.








男たちも、深夜までテレビを観ているから、マギーとビヨルンはなんとなくよく話しをするようになっていた.








そうして、十か月ほどたったかもしれない.









やっと、私たちにも、マギーとビヨルンがふつうとは違う程度に 「親しい」 とわかるようになっていた.


しかし、そのころでも、二人に肉体関係はまだなかったとおもう.


それでも、二人の間には、ふつう以上の信頼関係ができあがっていたのは確かに感じられた.








私は、その後、別の住宅に移ったが、いつもやさしく控えめだった美男のビヨルンを慕う娘で出て、ほんとうに私もうれしかった. マギーの人柄も私は好感がもてていたから.









ちょっと親しくなったらすぐにセックスに及ぼうとする日本人と比べて、

スウェーデン人の若い男女はかくも ゆったり 広々と 公明正大に セックスまでの道のりの恋愛を享受している.







同じ地上のニンゲンでありながら、



かくも、未開と進化の別れた種も珍しいだろう.  しかも、その種が、このガイアで一番のさばっている.






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スウェーデン人の若者のセックス観
- 2017/08/31(Thu) -
スウェーデン人は性的なことに色めきたたない、目の色をかえない、



ということは、拙訳書 『スウェーデン人』 でもヘルリッツによって明言されている.



その好例を私はウプサラ大学の学生寮で実見したことがある.






ある冬の1週間ほど、学生寮の改修工事で仮設住宅にコリドーのメンバーで移ったときのことだ.





そこには、寮の共同キッチンの中古テレビではなく、




最新のテレビが有料チャンネルも設定されて置かれてあった.




男女12名で引っ越し後やれやれというおもいでチャンネルを回していたら、




いきなり、いわゆる、ポルノチャンネルにいきあたった.



修正などない、性器も行為もそのままの、教育ビデオではない完全な娯楽用のポルノ映画である.



たしか、女性が男性器を口に入れたり、男性が女性に挿入したりしていたとおもう.



それをいきなり見たスウェーデン人男女12名の反応は・・・






そう、かわいい金髪のスウェーデン人の女の子は、


くす、っと笑って目を伏せたし、


長身の美男のスウェーデン人男子学生は、


ああ、とちょっとつまらないもの残念なものを見たときのような表情をし、





要するに、アメリカや日本でなら想像されるような、


歓声をあげたり、それを観つづけようとする者は皆無だったのである.



たぶん、ものの十秒ほどで、無言でチャンネルはかえられ、



その後、そのチャンネルがつけられることは仮設住まいの間じゅうなかった.






といって、スウェーデン人はセックスに無関心なのか、というとそうではない.





学生寮が男女混合で、当然、異性の友だちが宿泊することは、大学側も了解していることなのだから、




婚前交渉など親も大学も当然視しているのがスウェーデンの若者をとりまく環境なのだ.




それに、子どものころからの性教育があるから、




いまさら、性器や性行為を見せられたところで、




何も珍しくも興奮するものでもない、



性は日常の事柄なのである.







日本のように、性を明るいところに出すのは禁忌とされるような文化土壌においては、




ひいては、「男女共同参画」 などと言われる行政活動においても、




スウェーデン人のそれとは、その意識も実態も異なったものとならざるを得ない.






ニンゲンとして、どっちが進化した形態か、もうわかるであろう.






日本はさまざまな面で、スウェーデンのようにはなれはしない.




消費税くらいは、それに倣おうとしているようだが、




まあ、制度を徐々に見習って、



数十年、百数十年くらいあとに、



日本民族も少しは未来型人種に進化していればよいといえるだろう.






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スウェーデンに留学しようという日本人大学生に告ぐ (ii) とりあえず例証1つぐらいは
- 2017/08/30(Wed) -
care



という文字が日本人の目にはいったとしよう。




日本でも、当たり前のように、商品の記名に使用されているものである。







この文字らしきものの羅列が、



何か、 皮ふ か、 髪 か、身体が不自由な人か(片輪と呼べと後輩の乙武くんが言っていたが)高齢者か、なんらかを










「大事にする」




という意味であろう、


とわかるのは、



欧米人の子どもなら、自国の類義語、あるいは、類義語にない単語として特に教わるので、4,5歳で、わかるが、




日本人の若者なら、15から18ぐらいでわかるようになるのが関の山だろう。





思春期を、これら諸々の当たり前の世界語を知らないで生きるのと知って生きるのとで、







大学に行くころの精神年齢、世界観の広さ の差は?








僅かの、



研究者とか、 実業家とか、  が



世界に日本人の名前をはせているが、





そんな、「僅か」 は、




日本に限らず、アジアやアフリカのどこにでも、存在する天才偉人たちのことなのだ。

日本が偉大なわけではない。








日本人の若者たちよ、





世界へ行け、いや、行くのはもはや容易な時代。 行って、戦え、己の能力を駆使して戦え。




そのために、




外国語を英語以外にもマスターせよ。当然の使命である。世界人になるならば。

スウェーデン人だって、見ているぞ、きみが、故国で訓練してきた英語だけで済まそうとしているか、
日本ではちゃんと教われないスウェーデン語をマスターする気概がある外国人か、を。
スウェーデン語をマスターしなければ、英語を知らない幼児のスウェーデン人とか、
英語を忘れた高齢のスウェーデン人とは会話できない。

同じように、

中国語でも、リトアニア語でも、
ロシア語でも、アフリカ大陸の言語でもいい。

語学は学問ではない。

しかし、能力あればきもの人生を豊穣にする。


例えば、優秀な医師でも、英語しか話せなければ、世界のかたすみの子どもは救えない。



真実を言えば、

英語を知っているくらいでは、世界人ではない。







そして、諸外国人に劣らぬ体力も、当然に、もて。







それができる日本人若者はいるであろう。





日本の開国をまっていた日本史の先人たちの後裔に、








きみらこそ、なりたまえ。











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恋愛 ── スウェーデン人が教えてくれた大きなもの
- 2017/08/27(Sun) -
私がこのようなブログを書くことにどんな意味があるのかとおもう

高校の同窓が、お書きなさいよ、とおっしゃると、高校時代の部活のような晴れやかな気分で書こうかとおもうが、

私の書くスウェーデン人の恋愛をお読みになり、私にご連絡をくださる(主として)方々には、

私はどんなことを言う資格があるだろう.



私は、日本にいたときは、よくいる元気で盛んな男だった.
恋人もいた、同棲もした、誤謬も重ねた.



だから、私にご自身の恋愛のことを書いていらっしゃる人にも、私は、それが恋愛ではないですか、としかいえそうもない.




それが、人間的なことであるし、それが、そうなのでしょう、と.





スウェーデンで、しかし、私は、日本では知らなかった恋愛と男女関係を如実に体験した.




だから、私は、確かにスウェーデンにゆく前と後では自分がかわったとおもうし、

その結果、おおかたの日本人の行動様式に距離をとって観るようにもなった.

スウェーデンに行く前の私を知っている昔の女友達がいま私を見たら、どうおもうか.



よくなったとおもってくれればよいが、

日本的には、そうでないかもしれない,まあ、逢う機会ももうないか.





スウェーデン人は、恋愛にあせらない、

性的なことにむしゃぶりつかない




そうしたことは日本人にはない性質だ




告白、というようなことで恋愛が始まるようなことはない


親しく話し、たがいがわかりあい、それがいつしかパートナーになっている、という現実となる




私の隣のニーナがクリスマス帰省するときに、私が彼女のペットのネズミの世話を頼まれて部屋の鍵をもらったとき、



同じコリドーのイラン系の2世男子学生は、

「いいなー、おれもニーナの部屋はいりたい」

と冗談を言ったが、(たぶん、それは日本人も言いそうなことだ)

スウェーデン人学生はそんな感情はおくびにも出さなかった.



そもそも、私自身が、鍵を渡されたことで、それでニーナの感情がなにかなどど考えさえもしなかった.

私も変わったのである.



スウェーデン人は、性的なことにいろめきたたない、


そして、
私もまた、そのようなスウェーデン人的なニンゲンとして認められたから部屋の留守を任されただけだろう.





男だ、女だ、性的だ、とごちゃごちゃ言っていて、

人類の半数と

あえて距離をとったり、いたずらに目の色かえたりしていたら、人生がもったいないではないか.




男も女もまず、ニンゲンなのだ.
もっと、のびのびと自然におだやかにだれとでもつきあいたいものだ.







経験した人でないとわからないだろうが、きっと、






恋愛は、そんな異性観をさらに進んだあとに見えてくるものなのだろう.

人生、もったいないぜ.




m


(2012.5.16.改)
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個と環境
- 2017/08/27(Sun) -
もうこの年齢だから言ってよいだろうが、

個にはその存在がおさまりきる環境とおさまりきらない環境がある.

我が家にかつていた黒猫は、親きょうだいたちと異なり、

エサの袋は自分で噛み破って食べ、

私の運動用のバランスボールや飲料のペットボトルは爪で破り、

サッシと網戸を自力で開け、自由を欲し室内飼いの環境を超越していた.



ヒトにも同じことが言えよう.



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