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幕間
- 2016/05/07(Sat) -
このサイトの数少ない読者の方々は、急に私が日々新記事を書いていることに驚いているだろう.





なんだ、真面目にブログをやる気になったのか、とか・・・




先月末に書いたように、指を切断寸前のケガをして、まだ抜糸が済んでいないので、




なんだか大型連休をもらったエライ人のような面をしてずっと寝て、たまに食べて、過ごしているからなのだ.




回復したら、大車輪で働くから、また、このサイトは休眠になることを予めお断りしておく.





抜糸は、来週11日の予定.






私が終日家にいて、うれしがっているのは、我が家の毛者どもかもしれない. 何も言わぬが.

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夏意識
- 2016/05/06(Fri) -
沖縄の南西端の島にも、いよいよ夏が来たようだ.





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むんとする暑気と



愛するものたちと (私には、猫どものことだが)



アルコールの酔い






この3つがつくる空気は、ヒトの生活として  よい  ものである、と感じてしまう自分がいる.まぁ、いいか.

とりあえず、今夜もみんな、つつがなし!





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単純な男
- 2016/05/05(Thu) -
いま、毎日ゆく島のマーケットに猫の魚を買いに行ったら

レジ係の中の、私が島に来てから9年来見知っている女性が初めて髪をショートにカットしていたので、

9年目で初めて声をかけた 「切りましたね。似合ってますよ」

かわいい幼女のようになっていたのでそう言ったら、

顔をくしゃくしゃにして恥ずかしそうにうつむいた。

孫でも遊びにくるのだろうか。

私と同年代か、少なくとも40は越えている女性である。



きょうはよい日だ。

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(写真と本文は関係ありません)


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南国の薫風
- 2016/05/01(Sun) -
誕生月になった。

けがで横臥してばかりもだめなので、屋上で風に当たりに上がった。

ほぼみんながついてきた。

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けががくれた連休
- 2016/04/29(Fri) -
指を切断寸前のけがをした。

すぐに病院で縫合された。

いまだに出血が止まらないが、

一昨日まで存在自体で発汗した南の島が昨夜は21℃と下がり、横になっている分には気持ちよい。

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また明日から暑くなる予報だ。

猫どもと同じ連休の過ごし方をしよう。

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FACEBOOKと
- 2016/04/20(Wed) -
Facebook をしていた、この数か月。

相手、は、高校時代の知友といまの島の知り合いと、あとは、島で私が教えた子どもたちなど、である。

携帯番号を変えたから、この数年の知り合いと、本来スウェーデン語のページなのに、昔の、私を探してくれた人達しか読者はいない。



それで、この文章のようなことは「近況」に属するので、そっちに書いていた。


この文章のようなことしか書かないから、ブログとFacebookとは両立できなかった。


このブログも、私の知友しか読んでいない(と思っているからだが)。


しかし、これからは、Facebookには、もう少し、意義のあることを書こうとおもうようになった。


(そうなったら、たぶん、なにも書けないだろう)


なにしろ、私の同窓も先生も、世情をビシバシ斬っているからさぁ・・・(⌒ー⌒)




と、いうわけで、このブログのこの記事も、


個としての私を知らない通常の閲覧者には何ら意味ないものとなるだろうし、また、なってしまったが、


とりあえず、


こんな感じですよ、このサイトは、と言うだけの幕間とさせていただきたい。


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子猫の死骸が教えること
- 2016/03/11(Fri) -
人生の喜びは、自分の安寧充足か自分が愛する者が幸福でいるところを見ることができることだろう.逆に、人生の苦しみは、自分が愛するものを喪失することだろう.人によってそれが地位や名誉や財産や他者であったりするだけだ.自分が愛するものがいなくなっても、いまの時代、遠距離でも相手と心が通じ合っていればどんな手段でも日々刻々交歓が可能だ.人によっては、愛するものが他国に移動することで喪失を感じることもあろうが、その場合は、心のつながりも失われると思えたからだろう.ゆえに、愛するものを喪失する、ということは、離別か死別の場合以外にない.死別でも、寿命が尽きて静かに死ぬ時、それでも、それを愛する者たちは愛する者の喪失に苦しむことだろう.ましてや、愛するものの喪失が、自分のなんらかの判断の過ちにも起因していると意識してしまう時、人の苦しみは最大のものになるだろう.恋人との離別も、自分の行動・言葉の不適切がどうしても思い返される時、人はその喪失に苦しむものだ.

愛するものが身近にいたときのあの胸ふくらむおもいは、きっと、青春の盛りの恋人に対する時も、年をとって子どもや孫のような存在に対する時も、ともに暮らす他の生物に対する時も同じだ.あの、心の底から力が湧いてくるような感覚、それこそが、「愛」 が、何ものにもまさって価値あるものとされるゆえんだろう.そして、その存在が急に失われたとき、人は苦を感じざるを得ない.

若いころの私は、「観察する」 ことの重要さを体得した.重要さを体得した、ということで、それが可能、得意にもなった.生きている人、過去の文献の中だけの人、その優れていたところはなんなのかを探り、把握し、自分の生き方に生かす、ということだ.もっとも、私が感銘を受けた人々にもそれなりの偏りがあったことだろうが.

そうして私は、過去の、また今を生きる人々の優れた精神にふれて自分の内面を豊かにすることに努めた.その一方で、私は、自分を表現することには無頓着だった.人によっては、人前で気のきいたセリフや動作をとれることが人に愛され尊ばれることだと思い込んでいる者もいるが、私は、自分の内面が豊かになれば、他者には無愛想・無反応で構わないという価値基準を自然に築いてきてしまった.私はエンタテナーに価値は認めなかった.私が尊んだ人々は、対外的には木偶、と言ってよい存在ばかりだった.ソクラテス然り、アインシュタイン然り、そして、イエスもまた然り.たぶん、それは、半世紀生きた今も、また私が死ぬまで変わらない.

しかし、数日前、愛するものを失って、ほんとうに気づかされたことがあった.私は、観察力と同時に、判断力も、私には必要なことだったのに、それを鍛えることを等閑に付していた、と.判断力 ―― しかし、最適切な判断力を具現したニンゲンというものは存在するのか.私が尊敬する恩師にしても、それは、100パーセントではないだろう.人間的存在である以上、身体は1つしかない以上、時間と場所に拘束される存在である以上、完璧な判断力を具現できる人はいはしない.ましてや、大多数の人々の判断力は、「ことごとくが誤り」 と言ってもよいだろう.子どもにそんな説教をしてよいとおもっているのか、子どもにそんな教育を授けてよいとおもっているのか、部下にそんな対応をしてよいとおもっているのか、隣人にそんな対応をとってよいとおもっているのか、患者にそんな診察をしてよいとおもっているのか、生徒にそんなことを指示してよいとおもっているのか、恋人にそんな言葉を吐いてほんとうによいとおもっているのか・・・・・・世界は、過ちに満ちていて、むしろ、誤謬ばかりによって構築されているのがニンゲンの世界だとおもってもよいだろう.ニンゲンの世界で真実なのは、数学の公理体系とか、僅かに知られてきた自然の仕組みに関する知識とか、おぼろげにたどるしかない過去の叡智への理解とかにすぎず、そのおかげで、ニンゲンは、病で死滅せず、秩序と文化伝承を尊び、いまだに地上に存続していられるにすぎなく、その実際の個々の生活は、過去の叡智を知る大学者といえども妻と学生の間で過誤を重ね、自分と他者を傷つけ損なうことの連続なのが現実だろう.

このような、過誤に満ちた生活の中で、私たちニンゲンはどれだけ、「幸せ」 に近づけるのだろう.いや、それは、地位と財産を築けば、たいていの 「幸せ」 は手に入る、だから、よい就職が大事だよ、というだれの親でも言いそうなことに行きついてしまうのか.

過ちなく生きたい、しかし、それはニンゲンである以上、だれにも、私にもできないことなのだろうか.限られた知恵と限られた経験をもって私たちは生きて判断し、道を選ぶ.そこに、ニンゲン的愚の大因である 「真正ではない感情」 というものも往々にして入り込む.他者に対する怒りや妬みや恨みなど.限られた知見に加えてそのようなものにも曇らされて、私たちは、何をするにも最適切な判断などできはしない.
それでも、私たちは、愛するものをもっている.その幸福を願っている.そのためには、愚かなニンゲンといっても、ものを考えずにはいられない.子猫1匹を複数の獣医も飼い主も守れないのに、母猫はそれまでそれを含む4匹の子を野良猫状態のまま養育してきた.ニンゲン的知恵など、野生動物の行動にも及ばないのか.それでも、私たちニンゲンは考えずにはいられない.考えて、考えて、過ちを極力排除し、できるだけ少しでも、正しく適切な道に近づいて選択するようにしか生きられない.とても困難で、ある意味、絶望的でもあるが、それが、ニンゲンとして生きることにほかならないだろう.

(本記事は2009年10月29日に書かれた.)





昨夜、知人の飼っていた動物が亡くなった.


私も沖縄に住んで5年の間に5匹の猫の死にあってきた.


埋葬を重ねるにつれて、生は長さの問題ではなく、


死者は生者の中に生き続け、その生者を尊ぶ他者の中にもいのちが移転し、


さらに、死者が生前に知った生き物としての快苦はどれも真実の存在の証で、


たとえば、ある刹那に感じた他の種の生物とのふれあいの温かさといったものも、一瞬だが永遠の真実性をもつ、


ということがわかってきた.




生者よ、あなたに愛された死者を喜べ.


喪失の苦しみを超えて、精神でともに生きる境にすすめ.




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同伴者
- 2016/02/26(Fri) -
離島に来て、必要から、四十終盤で運転免許をとったときは、



大型犬を飼って、碧い海辺にドライブに行くことを夢見たが、



犬はいまはいない.



その代りに、猫がいるので、



猫を車内に自由にさせて一緒にクルマで出かける.



赤信号も猫がそばにいるのでイライラしないで、むしろ愉しい.



ただし、私の膝にのってハンドルを持ちたがるやつ、



私の頭に上って肉球で私の目を塞ごうとするやつには厳しく注意している.




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永遠の眠り
- 2016/02/25(Thu) -
私が猫を撫で愛するとき

そこにはただ全き平穏が存在し続くばかりである

これまでの人類の歴史の中で

猫と私のような時を過ごしたものたちは無限の無限ほどいただろう

そのものたちはみな どちらかが亡くなった時は生き残ったほうが

別離の場合は互いに生きて なんらかの喪失感に苦を感じてきたのだろう

別離の苦は 断崖のように 急激に 厳粛に 抗うこと能わぬ威力で現出する

生物の世界の 愛し合うものたちの時間は そうして急激に断絶する

急激な断絶の苦を 歴史は無限の無限に創成してきた

あるとき私が心臓の不調でたおれた瞬間は 私に愛するものがいなかったからか 

私は救急隊員に もう死なせてくれないか と穏やかに言えたが いまならどうか

かたやこれまで私の腕の中で息をひきとったものたちは

理由のわからない苦のうちにも 眠るように動かなくなった

眠るように またいつか目覚めるまで 眠るように


これからも これまでの愛し合った無限の無限の死者たちのように

私のところにも眠るように動かなくなるものが出

私も どうあがくかわからぬが動かなくなる

長い長い歴史の中のほんの刹那一瞬のような私たちの生の中の愛の時間の終焉



そんな刹那一瞬の断絶の時になにを憂い苦しむべきや

これら小さき毛物たちは 人間的愚を離れて 速やかに苦の眠りを受け入れるだろう

別離の難儀に耐えるだろう


きっとそうにちがいない きっと


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同棲者を弔う (猫列伝のひとつ)
- 2016/01/02(Sat) -
大晦日夜にひどいかぜと涙目で外出した同棲者が戻らない。

もう飢えていてもおかしくない時間だ。

その母親もいまから2年近く前に亡くなったから、順当な死かもしれない。



その名前は、「窓」 といった。

窓辺で憩うのが好きだったから。




──────────────


沖縄に私が転居して最初に2008年に来たメス。名前は、蜜吉。しかし、今回亡くなった窓の

何度目かのお産、そして、結果的に最後のお産の時に、ひ孫の窓と争い、姿を消した。

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その蜜吉が、くわえて運べる肉片などのエサをもって外出するようになった。

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子どもをつくっていたのだった。

やがて、その子らを私に紹介に来た。最後まで残ったのは、メスの1匹だけ。

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名前は、すみ吉。

賢く強いメス猫であった。

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二代目のすみ吉は、大きくなった。母親の蜜吉とも共存していた。なかよしのメスもいた。親友で、茶助といった。

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すみ吉は、一度お産をした。その後、子どもたちの成長とともに、縄張りを娘のハナに譲って姿を消した。

子どもの一匹のオスは交通事故に遭った。それで、島の私の家の前には、いまも、

「猫のとびだし注意」 の看板がある。

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ハナ である。

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蜜吉もまたお産をして、蜜吉の娘とすみ吉の息子たちも共存していた。
しかし、いずれもやがて長じていなくなった。

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すみ吉と娘のハナ。

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三代目のハナは、よく産んだが、目もあかないうちに亡くなった子どもが多かった。

最初に私のところに連れてきたのは、メスの二匹だった。

クロ吉と、後の、窓 である。

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ハナの三度目のお産で生まれたのが、いまも我が家にいる、餡坊(あんぼう)である。

二度目のお産では、長黒毛のつぶ吉と、母親似のシャム模様のオスメス二匹と、白黒のオスたぬ吉を産んだが、

シャム模様のオスは交通事故で亡くなり、他の二匹も姿を消した。

娘の窓の出産が始まったからである。

中央がつぶ吉、左端があんぼう、右端がハナ

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ハナの兄弟のうに吉と、交通事故で歩けなくなりやせほそって亡くなった慧吉(けーきち)

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大きくなった くろ吉 と 窓

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窓はたくましく、何度も出産をしたが、なかなか子どもを育てられなかった。

生まれたばかりの娘がすぐ妊娠して出産し、母親の子どもに授乳をして、自分の子どもを餓死させ、
自分も交通事故で亡くなる、という悲劇にあったりもした。

そうして、窓は、去年の夏に男子を二匹育てて、我が家に連れてきた。

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一方、窓の妹のあんぼうは、2012年9月1日に四匹を出産した。オス三名、メス一名である。

あんぼう
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ゲン
十分に成長してのち、屋内で喉に異物を詰まらせ、私の腕の中で私を見つめつつ死亡
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もぎー
猫嫌いの老夫婦に撲殺さる
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シュー
いまの我が家の長男
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クゥー
メス、ただし、我が家の大食い女王になる
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みんなのあと、同じ年度の3月末に生まれたチッピー、メス
きょうだい四名は兄たちにおっぱいをとられて餓死するも、この赤ん坊だけは残った乳首にしがみついて生き残る。
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姉ちゃんクゥーと、妹チッピー





そうして、


この昨日、


我が家の四代目の母親、窓は、静かに病の身を消した。

ちなみに、

いま、我が家で避妊去勢手術を受けていなかったのは、窓だけであった。

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†窓(右) と その息子 ロビ


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