弟葬儀帰途羽田にて(v)英語圏以外
- 2015/06/22(Mon) -
空港のホテルに入る前、

横浜国大にいる、私が英語を教えた若者に会った。
友人がハンガリーに留学、韓国に行く等のことを話していたので、時代の流れの緩やかさを認識した。


私の父親の時代は、
戦後、外国に目を向けた者たちが、英語、を身につけ活躍しようと志した。父も、米軍キャンプで英語をマスターして運輸省にはいり航空管制官になった。


その息子の私は、英語ドイツ語の会話読み書きは身につけた上でスウェーデンに行き、スウェーデンを紹介する翻訳を出した。個人としては親世代より広いところに出たが、日本の中が、
まだ、
スウェーデン語の本格的な文法書参考書を出す気のない出版社(白水社、三修社など)や、スウェーデン語教師のいらない大学がほとんどの状態で、まだ英語一辺倒、英語を話す外国人ならロシア人でもインド人でもフィリピン人でも英語教師になれる状態で、私の父親の時代の中にいまだいる。


私の教え子の時代は、私のスウェーデンよりも、ある程度、文化的に後進の国々の文化や言語に通暁堪能な者が輩出するであろうが、日本社会はそうした若者を吸収する土壌がまだない。私がいる島の高校の校長でさえ、英会話教材をこっそり買っているのが日本の2015年の教育指導者層の外国語意識なのだ。

かくて、英語以外の言語に堪能な者は外国で活躍することになる。実に、それでよいのである。

そんな、海外で活躍する日本人の、当たり前の姿を、日本にいる日本人たちはテレビや雑誌で知って、だんだんと、英語圏以外の世界に目を向けるようになる。物珍しさ、から、アメリカも、どこかの小国も、同じように、それに通暁したら人生を懸けられるくらい意義ある事どもが世界中のあちこち至るとことに満ちている、とわかるようになる。

そうなるのは、私の教え子たちの時代では無論なく、その子どもの時代でも無理かもしれず。

だから、

日本の真の世界への開国はまだまだ先、

私の SVENSKAR  も、あと半世紀くらいは売れないのだ、

と伯父に弁明。



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