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沖縄の友
- 2015/05/16(Sat) -
58歳になった。


その日付になった直後、子猫のなき声で目をさまし、抱いてなだめてやる。


その母親ときょうだいと、そのいとこたちに食事を出す。 昨日買った半額のカツオも切ってやる。


携帯の LINE を見ると、見知らぬ女性から 「名前でわかりますか云々」 のメッセージが来ている。


この手のまちがいは頻繁にあるから、無視していたが、


コンピュータの Facebook のほうに、


私がこの島に来て最初の年に教えて、その後、琉球大学理学部に入った子と同じ名前の人物が出産をした記事をみた。



そこに、つとに連絡をとっていた別の生徒のコメントがあったので、その名前の人物は私の元教え子だとわかった。



高校時代に知った女子の顔など、8年もたつとまるで別人になっているもので、そんなことでしか私はネットの人物を特定できない。しかし、自分の誕生日に教え子の子どもの写真を見るとは愉しいものである。



私が高校のころは、自分が三倍も年をとったころに、こんな、LINE や Facebook を通じて人が人を認識するようになるとはおもってもいなかった。私の想像力が小さかったのか。






しかし、


私は、




自分が沖縄に来ることは、なんとなく予感していた。






芥川龍之介が、





ナポレオンが、子どもころに、「セントヘレナ、小さな島」 と地図を見てつぶやいたことを書いている。






私は、高校時代に 『椿説弓張月』 を愛読していた。何度も読み返したものである。八犬伝よりも芸術性の高い作品であったろう。為朝が琉球に流されたことが、私にある予感を与えたものであった。いわば、彼も、周囲の驚異と脅威になったが故の exile の人だった。私はその後、スウェーデンに住んだが、琉球の土地も私のコースであったのかもしれないとおもう。








そうして、その土地の、年若い友が斯様にいるわけなのである。



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コメント
 -
お誕生日おめでとう。  また年とっちゃったね。お互い様だけどね。
2015/05/17 00:50  | URL | えつ #-[ 編集] |  ▲ top


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