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知の無知
- 2014/12/07(Sun) -
ヒトは、自分が理解できない事柄の大きささえ思い描くことはできない。その内容は無論である。


アリは、天体望遠鏡の世界を知らないし、


凡夫は、聖者の視線の先にあるものを知らない。







しかし、そう言ってしまっては身も蓋もないので、生物には、「学習」 ということができるようになっている。







アインシュタインしか思い描けなかった相対性理論にしても、別のヒトがそれを理解し、それをさらに別の、さらに理解力の乏しい者たちでもわかるような説明をして学習させることもできるのがヒトをはじめ程度のちがいこそあれ生物に備わった能力だろう。








しかし、学習には、時間が要る。





じっくり腰を落ち着けて本を読むか、他者の説明を聞くか、心をあるヒントに傾けてよくよく考えてみるか、しなければいけない。








しかし、人間生活の多くの場面では、ヒトは、他のヒトの行動や発言をその場でただちにうけとって自分の行動を起こさなければならないだろう。かくして、理解力の劣る者は理解力の高い者の発言や行動を理解できないままに、一人で憤慨したり、悲しんだり、途方にくれたり、糠喜びにひたったりして、泥仕合のような時間を過ごすことになるのではないか。








ヒトとヒトがわかりあえる、などということは本来、絶対にありえないのだろう。





ヒトとイヌ、とかのほうがもっと信頼し合えるような気さえする。





ヒトは、自分にはわからないことの限界がわからないで、たいていは、それより大幅に超過したところまで自分は理解できると思い込んでいるところがヒトの知の欠点なのだろう。面倒な生物がいるものである。





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(写真と本文は関係ありません)
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