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「バイリンガル」 の虚像
- 2015/01/07(Wed) -
日常会話がなんでもその外国語で言える、ということでは

「バイリンガル」

とは到底呼べません。




まず、こうした限界線が日本人の外国語学習の常識にならねば、日本人はいまだに黒船時代だとおもうしかありません。







「お腹すいた?」


と相手に英語で聞きたいとき


なんと言うか考えてごらんなさい。


Do you や、Are you で始めてその意味が言えたとしたら、まだ 「バイリンガル」 ではありません。




「バイリンガル」 とかいう能力のニンゲンになる夢を追求するなら、あなたが日本人なら、日本語の 「阿呆」 になる覚悟をしなければならないのですよ。








所詮、ヒトが、なんらかの複数の言語でしっかりした能力を獲得できる、ということはありません。





その外国語で小説でも書けるようになるほどなら、そのヒトが日本人なら、その日本語は、日常会話程度、たとえば、

大学の入試の小論文試験で試験官をうならせるような名文などは書けはしない、というレベルです。





どちらの言語も、どの複数言語も、日常会話ができて、「何ヶ国語もしゃべれます」 というヒトは、


どの言語でも、人の心を打つような名文は書けはしない、というレベルなのです。







バイリンガル、という言葉の幻想に惑わされてはいけません。


この読者が日本人なら、日本語は小学生程度にしか使えなくても好きな外国語のネイティブとなることを目指すか、




ちゃんと日本語で周囲を納得させるだけの文章力を残しつつ、日常会話や新聞読解程度はいくつかの外国語を使えるようになるか、の選択をしなければなりませんよ。




まぁ、要するに、ヒト並みになんとかなるようになれる、ということですけどね。



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