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ニュース報道とはいったい何か
- 2006/11/14(Tue) -
同級生に金銭を要求されていた中学生が自殺した件で、当該校の教師は、「きょう話し合いをする予定だった」 とマスコミに答えた。

自殺した生徒の悩み相談に、学年主任は、「お金を渡さないようにね」 という〈助言〉を与えただけで、恐喝していた生徒には処置をしていなかった。

これが日本の教育の現場だ、と怒るTV司会者がいる。もっともな感情だ。

しかし、学校に限らぬ。職場でも、研究機関でも、日本人はこんなのが当たり前なのだ。それを流行司会者は知っているのか。


私がいたスウェーデンでも、そんな愚かな教師の暴言・差別は普通にあった。高福祉とロハスの国でも、人間としての愚かさは依然としてあるのだ。


しかし、私は、スウェーデンでは、朝から、こんなニュースを聞かなかった。自殺率も高いし、シングルマザーの数も日本より高いスウェーデンで、悲しい死に方をする人はそれなりにいただろうに、それがニュースになることはほとんどなかった。


スウェーデンでは、中近東できょうは何人死んだか、アフリカでどのような餓死者が出ているか、ハンガリーで政治犯がどんな活動をしているか・・・地理的なこともあるのだろうが、日本のニュース報道のあり方は、芸能人の結婚や浮気報道をするのにも似た、死体がどのような状態であったかとか、いじめの言葉がどんなものであったかなどの繰り返し報道は、他者の生活の覗き見的好奇心から不必要に煽られているような気がしてならないほど、

く ど い


さんざん教師・教育委員会に不満を述べた後で、「本腰入れてやってほしいね」 で終わりでは、TV司会者として、おまえもただの 「ええカッコしい」 の一人ではないか、と思われてならない。


スタジオでぶつぶつ言ったところで、なんの解決にもならない。


自然科学的には、人間のそのような愚かさは、もしかしたら、当然のことなのかもしれない。


生きている者は、死者の理不尽な死に方を悼むより、明日の希望に目を向けるしかないのではないか。無論、社会がまず、安全と保障をどこよりも十分に確保できていることが前提にあるわけだが。


b

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