2017 07 ≪  08月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 09
スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
一歩の長
- 2014/09/28(Sun) -
私の同棲者たちは、奇妙危険な対象に近づき、その結果、多少の怪我や失敗をすることがしばしばみられる。




危ないことをあえてしてみる、ということは、たぶん、自然な欲求なのかもしれない。



他方、おおかたのニンゲンと言われる種は、そこに計算や小さな智謀が働いていろいろ複雑な行動をするらしい。





私は、私の同棲者と同じように、友人周囲から、やめたがよい、と言われたことをたいていやってきた。

周囲が両手を挙げて私のあと押しをしたのは私がスウェーデンの大学から早稲田の院生学生中より選抜招聘された時くらいだったろう。しかし、それでもたらした成果も、日本的にはまだ早すぎて意味がなかったが。


周囲がやめろと言ったことをやった結果、私自身の予想通り、常に、私は顛倒火傷大怪我の連続だった。 しかし、どの経験も、私の頭脳に光明は与えた。私が欲しかったのは、それなのだ。

一歩踏み出した結果、財産を失ったとか特定の人物たちに嫌われたとか、私には、家の前の道路に水溜りができたほどにさえ難儀だとは感じないのである。むしろ、生きがいが増したとさえおもう。




神がニンゲンを創造したとかなり昔の人たちは考えたし、いまも、宇宙人が実験的に地上に生命を垂らしたという考えもあるのかもしれないが、どっちにしても、たまに真実に迫る知能のひらめきを放ち、他のニンゲンたちに光明をもたらす者が出現するにせよ、この小知恵はたらく生物がもし計画的に作られたのだとしたら、私たちは、その小知恵を正しく相応に働かせて、正しい幸福、とでもいうべきものを各自が追求して生きるしかないだろう。



それは、私の同棲者たちが求めているものと同質なもののはずなのだ。




20130615-131840.jpg

この記事のURL | 我が基層 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<想像できないことは理解できなくても仕方ない、か | メイン | 2014夏終り覚え書③>>
コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://odjinn.blog69.fc2.com/tb.php/900-034b3e10
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。