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愛はひとつ
- 2014/06/07(Sat) -
自分が体験的にわかったニンゲンとしての自分の能力のありかたが、

あとで、見聞した科学的知識によって裏付けられた、という経験をたいてのヒトはしているだろう。

自分の睡眠が4時間弱で済むまとまりをもっていることなどは、たいていのヒトが経験していよう。





ヨーロッパ、スウェーデンで、日本語をまったく話さないし、日本語で思考もしなくなった時期、

私は、スウェーデン人の話すスウェーデン語が一字一句明瞭に書き取れるようわかったが、それは、

そういう訓練をウプサラ大学ノルド語学科で受けたから当然といえばいえる。

スウェーデン語を話せない外国人とは、英語とか、ドイツ語とか、ロシア語とか、イタリア語の代わりにラテン語で話していた。

そのとき、自分は、少なくとも、日本語と数か国の外国語を話せるトライリンガルあるいはそれ以上になったのか、と錯覚したが、

そこまでわかるようになったスウェーデン語でも、自分だけは、自分の日本語の運用能力にはスウェーデン語のほうははるかに及ばない、とだんだんとわかるようになった。

英語論文は褒められたし、スウェーデン語のレポートもいろいろしたが、たとえば、私が多少とも飯のタネにしたほどの日本語の文章力に比べたら、スウェーデン語も英語も、それで小説でも書けるか、と言われたら、そうではない、と認めざるを得ないのがだんだんと重くかかるようになってきた。

日本から来た多くの人たちは、私がスウェーデン語はじめ各国語を操るのを見て感心してくれたが、私は、自分の外国語力などは、幼稚園児並みなのだ、と判定せざるを得ないにつき、外国語オンリーで生きることに苦痛を感じるようになtったのである。

そして、後年、

ほんとうの意味でのバイリンガル、というヒトはいない、


という脳科学者たちの見解を聞いた。 英語がネイティヴのように完璧になりきれたヒトは、日本語の運用力、実力に難があるものである、というのである。

そして、私に、翻訳者になる道を拓いてくれた某出版社社長もまた、


4~5年その外国語で暮らした程度が、翻訳者の外国語力としてはちょうど良いのである、とおっしゃった。


それを越すと、当該外国語はもっとうまくなるだろうが、使う日本語の質が下がるのである、ということだった。




私は、スウェーデン語を愛したし、スウェーデン人の流儀を地上のニンゲンのものとしては最高だとおもうが、

日本語もまた、好きなのであった。



かくして、



私は、




スウェーデンを去り、




生まれ育った母語・日本語の国へ戻ってきたのである。



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