スウェーデン人にはなれない日本人
- 2014/04/30(Wed) -
私の住まいの周囲は島では一通のうえに繁華街の一つであるので頻繁に猫が轢かれるため、




私の隣のおばあさまがその息子と私にデザインさせた、猫の横断に注意の看板がたっているが、




それをみた向かいのおばあさまが、「なんであんたらはそんなに猫ばかり大切にするか」 と憤慨されていた。




しかし、別に、猫だから、大切にしているわけではない。私は犬も好きだし、看板を作成したおばあさまも犬を二匹飼っていらっしゃる。





周囲にいるのが猫だからそうしたまでで、周囲にアルマジロがいれば、アルマジロを轢かないようにという看板をたてただろうし、子ゴリラがいたら、ゴリラの遊びをじゃましないように、と書いただろう。








スウェーデン人のメンタルな部分の核心が fridlysa という、スウェーデン語独特な単語であることはこのサイトのどこかで書いた。





私がいた学生寮の周囲には、リスもハリネズミも鹿もいたが、一度、私が、自分の猫の遊び相手にハリネズミを飼おうと獣医に相談に行ったら、「スウェーデン人ならそんなことはしないぞ」 とつまらなそうに言われてあっさりその考えを放擲したことがあった。





上記の単語の意味は、「ものごとをあるがままにしておく」 ということなのである。





ニンゲンとして手を出さず、そのままに、あるがままにしておく、





日本人は、そんなことはできまい。ハリネズミやリスを捕まえて商売にしようとする輩が相当パーセントいることだろう。



私の家の周囲にもしもサイとかチンパンジーとかがいても、やっぱり、日本人は、「あるがままにしておく」 ことはしないで、





捕まえて、なんとか自分の懐をあったかくしようと算段することだろう。




だから、せめて、




猫を轢くな





と書いたのである。






日本人は、いくら消費税や商品をスウェーデン流にしようとも、スウェーデン人にはなれはしない。





日本人の根本のメンタルな部分が、変革しない限りは。





しかし、それは、数十年やそこらでは無理な相談である。





せめて、日本人が、世界に普通に出て、少しでも、世界人が増えることで、





進化したスウェーデン人のメンタリティをも備えた未来人が出ることを期待するしかない。






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