仕置人?
- 2013/11/07(Thu) -
人が暴行されて殺されたりするニュースが報道されるだに、



「自分の子どもがあんな目にあったら、おれは相手がどんな未成年でも殺すね」




ということを言う者は実にふつうによくいる. 私の周囲にも数名いる.




まあ、復讐、というテーマの映画はあるし、それはニンゲンの本能的な感情だろうから、



その言葉自体には、とくに発言者の勇ましさも気高さも感じる必要もないものではある.





* * *





私にも、職場や研究室で、許すまじき者たちが数々いたことはこのサイトの各所で書いているが、




それらに、仕返し、しようという気分は、むなしく、ブランク、な感情におもわれる.






くだらない者らに返報するより、




いまの幸福をもたらしてくれる存在たちに微笑むほうが愉しいし、満ち足りている.







あるいは、なすべきことをする努力のほうが価値高い.







そうはいいつつ、私の知り合いのあるご夫人も、また、しっかりした心根のある男の友人も、




飼っていた動物を事故死させられた(というのは、そこに「他者による害意」があると思われるからだが)時には、



しばらくは心塞いで力をなくしておられた.








怒りと悲しみの洪水の波はどうしようもない.








まして、生物界の自然でもある 「他者による自己のたいせつなものの喪失」 という事態は、避けようもない. 

私たちは、それらを超えて生きていかなければならないのだ.






私にも、扶養家族はいる.




彼ら彼女らのいのちが失われることは、自分のいのちも含めて、明日にもあることなのだ.




死を、他者の害意をおそれることなく、



生を生ききりたい.





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