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我らの曖昧さ
- 2014/10/10(Fri) -
私たちニンゲンが下す判断で適正なものなど果たしてどれくらいあるのだろう。


猫に缶詰を買ったり、部屋を掃除したりする日常行為でも、本当にその銘柄でいいのか、その洗剤とその拭き方でいいのか、確実ではない。うちの猫は実はその缶詰がひどく嫌いかもしれないし、そんな掃除では床を傷つけるだけかもしれない。

仕事になるとさらにアブナイこともあるだろう。私なら、高校生に訳してやる英文の意味とか作る登記申請書とか自体は仮に適正だとしても、人や現象に対する認識はとんだ見当違いをしていながら判断決定をすることが多いにちがいない。マチガイばかりかもしれないのだ。


そうして、たいせつなものを、人は、失ってしまうこともあろう。


マチガイばかりで自他共に傷つけるだけかもしれなくとも、それでも、ヒトは、判断決定をしなければならない。無為でいられる境地には凡人はそうなれない。


マチガイながら息してゆく


そうするしかないのだ、我々は。

(2013.6.22.記)


(写真と文章は関係ありません)
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