愛するもの
- 2013/02/16(Sat) -
子どものいる人に

「私には猫たちが子どもだ」

と言うと、半分軽蔑半分憫笑される。



私は、以前、小学低学年の男子と、その後、小学中~高学年の女子と

生活をともにし、その保護者として行動したことがあるが、

その時の経験は私の人生で珠玉の宝であるから、

ましてや、我が子と暮らす世間の大部分の人は、

さぞや、愉しく心膨らむ幸福のうちに日々送っていることだろう。




スウェーデンで、

私は、北朝鮮の娘を養女にしている家庭を知った。

脱北した親の子どもなのか理由はわからない。

スウェーデン語もちゃんと話せるのかもわからない。

その子どもは、ベランダにウサギを飼っていて私にさわらせてくれた。

そのスウェーデン人夫妻にとって、

髪も目も肌の色も違う子どもを養育するということはどういうことなのか。






生きるものをたいせつにおもい養う



無論、猫は、世間の役に立つ猫に養育することはできないし、

私を喜ばせるような善きことをしてくれそうもない。

私がもうろくして介護してくれることも期待できない。



しかし、そんなことは、かつてともに暮らした男子と女子にも同じことだった。


彼と彼女にはべつに血の繋がった親がいて祖父母もいた。



だが、それでも私は、彼と彼女を愛し、たいせつに護ろうと心くだいた。



その気持ちは、いま、猫たちに向けられているものと根本は同じだと思えるのである。





まぁ、私は、今後も、周囲から軽蔑憫笑され続けるのであろう。




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