生きものと暮らすということ
- 2014/05/30(Fri) -
Buddha が言ったように


どんなものにも終焉はくる.


「生きもの」 の終りは 「死」 ということである.


「愛情」 や 「信用」 の終りは 「別離」 ということになるのだろうが、


後者はニンゲン的感情だから当事者の意思で終焉を生涯回避することはできようものの


前者は自然現象だから当事者の意思ではどうにもならない.


前夜私の手に頭をこすりつけていた生きものが翌朝には路上でつめたくなっていることもある.


しかし、あの猫が私にのどをならしてすり寄ってきた時の温かみは、


月給の額とか、上司の言葉とか、私たちを取り巻くかなり多くの事柄と異なり、それ自体 「真実」 なことだった.


私たちがともに暮らす他の種の生物が私たちに示す信頼は


それゆえに 「真実」 で、「永遠」 の価値をもつものなのである.


いま私の掌のしたにいるこの生きものも明日には堅く動かなくなっているかもしれない.


私たちは、たいていの世話しやすい他の種の生物よりは長生きである.


彼らの死を私たちは見ないでは避けられないが、


それでも一緒に生きると決めたということは、


その死後も 彼ら彼女らの 永遠の真実 の数々を私たちが忘れないでいる


という厳粛な決意もあわせてしたことになるのであろう.



ku
130805

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