日本人の精神伝統
- 2012/12/24(Mon) -
きょうクリスマスイヴの夕方、

ここ沖縄の離島では独り身の私は、

猫たち用のベンチを買い損ね、

マーケットに猫用の刺身と自分の酒の肴を買い寄った.



猫用の刺身2パック、あとは、自分用に、チキンカレーの弁当と、

これも猫が食べるかも、と普段は買わない、フライドチキンが2つ入ったパック、その他野菜などでレジに並んだ.



私のあとに、やっと自分で歩けるくらいの女子を連れた女性が並んだ.


みると、私と同じ、弁当1つと2ピースチキンのパックが入っている.


ほかに大人の男がいる世帯の買い物ではない、とわかる.



* * *



スウェーデンでなら、私は、その、クリスマス会の帰りらしいいでたちのはしゃいだ女の子に

ポケットのキャンディーくらいあげただろう.

しかし、日本でそれをすると、異常者か、母親に色目を使う軽薄者ぐらいにしか見られないのをこの10年で経験したから、もう私はそうしはしない.



* * *



スウェーデンは、日本より、女性が暮らしやすい.



離婚したあとの生活の保障がしっかりしているばかりでなく、

再婚への道も明るいからだ.




私が 「明るい」 と書くのは、


私がかつて、子ども連れで離婚した女性と同棲したとき、


すでに、最初から、


私が、「児童虐待」 の実行者のように彼女の親族から警戒され、


結局、私の行動のすべてがそれに結び付けられ、


私の帰りを待っていっしょに風呂に入るのを日課にし、私のベッドで先に寝て私を待つことを好んだその男の子は、


周囲の暗闇の理解のままに私と離れていった,




* * *



私は、その後、


小4から小6までの間を私とともに過ごす女子とも暮らした.



彼女も、なぜか、私が風呂に入っていると、自分はもう済んだのにまた入ってくるような子だった.



幸い、彼女の母親は、前記の男子の親族のように無知蒙昧ではなかったので、



私と彼女は、テレビでも 「幸せそうな父娘」 というカットで撮影される関係を全うできた.




* * *



私は、このサイトのあちこちで、


日本の家庭も、日本人の性意識も、日本人の若者の世界観も、


あと30年くらいは鎖国時代のままだ、


というようなことを書いているが、






たとえば、


幼児の連れ子のいる若い離婚女性が新しい男性との生活に入ったときに、


低俗な憶測や下衆な勘繰りをされない日本社会、というものを想像してみたときにさえ、


たぶん、そんな社会は、あと10年くらいでは到来しないだろうことは読者諸氏でもわかるであろう.






血のつながらない子どもと大人の男がいると、そこで、虐待や、性的悪戯などを想像する日本人.





日本人は、昔から、怪談のような、まがまがしいもの好きなのであろうか.


二度も三度も結婚して幸福になる他人をみとめたくないのか.


弱いものは虐待するものと考えるのが深層にある民族なのか・・・












血のつながらない子どもと幸福に暮らしている男は日本にいくらでもいるだろう.



なのに、そんな報道よりも、愛人の子どもを虐待した男のニュースだけが拡大される.




そんな日本人は、まだまだ、スウェーデン人にさえ数十年劣る後進民族なのだ.







その現実を知ることから、日本人よ、始めるがよい.







ましてや、



世界人となるには、・・・・





ほんとうに、日本民族には数世紀は必要なのが、


もう、みなさんにもわかったことでしょう.





しかし、なにはともあれ、もう年末.






God jul och gott nytt år!


m





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