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吾郎はなんで海堂をやめたのか
- 2016/08/25(Thu) -
古い友が携帯のLINEを始めたようで通知があったので最後の挨拶をしておいた. 121126
(もっともその後、現在平成14年になってもやっぱり話しているが.)





彼は、スウェーデンから戻った私が、日本の大学に愛想をつかして仙台でぶらぶらしていた時に東京に破格の給料で呼んでくれたやつだ.その前は、スウェーデンから戻らない私に早稲田が早く修士課程を終えろというので、私の修士論文をスウェーデンからのメールで受けて私の代わりに印刷して製本して大学に出してくれたりもした.





その彼の御膳立ての職場を、私は数年で去ったのである.





理由は、茂野吾郎と同じなのだ.





もう、それじゃあ、おれはつまらないんだ








もっと




生きたかった




だけなんだよ




まあ




わからないだろうけどさ




goro


151115
上の記事が、標題に合っていないことに気づいたので加筆する.

ニンゲンの中には、

自分が属する組織で、

毎日8~90%くらいの緊張感であることが普通、とおもえる種類と、

毎日、昨日と同じ緊張感で生きていいはずがない、とおもう種類がいるのだ.

前者は、ニンゲンの大部分.会社の上席にいるような者はほぼこの種類である.

後者は、毎日、胃がすさむような、

まるで岸壁登攀をするように

日々何かと戦って

前進進化する自分を体幹し続けなければ生きられない種類なのである.


吾郎は、

海堂にいても、昨日と同じように努力進化できたろうが、

その前進度合いは、もう、自分で予測できてしまうものになった.あたかも、眉村や佐藤の進化のように.

その、

自己進化の比例直線のような軌道にのって明日も生きることは、

吾郎にはできなかったのである.

吾郎は、比例的上昇ではなく、

もっと、できるものなら、tremendous  に、極限まで自分を高めなければならないと自己指令した.

明日も海堂のグラウンドを走るのも進化の道だろうが、それよりも、もっと激烈な進化を求めたのである.




かくして、吾郎は、海堂をやめたのであった.




ニンゲンの中には、


少数派だが、


いるにはいる種類のニンゲンの道行である.


Rådyr



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