2017 05 ≪  06月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2017 07
スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
死の態様と心意気
- 2013/08/23(Fri) -
街猫が一匹轢死したので、私たち住民は行政のごみ袋に任せず、心を籠めてその親族が眠っている土地に埋葬した.

その母猫は、片目で、最初のお産の子はみな飢え死にし、二回目のお産の子も、台風のさなか安全な場所を求めて咥えて彷徨した挙句、二匹となり、その一匹も餓死し、最期の娘を遺して逝った.

崇高さと気高さを備えた生であった、と言えば、あまりにニンゲン的観方にして通俗すぎるということになろうが、

私の周囲のニンゲンどもを見るにつけ、その下劣さに呆れるほどに、小さき毛物たちの優等性を思い知る.


* * * *


私は心筋梗塞で倒れて救急車で搬送されているときに、なぜかほっとし、

なすべきことはなした、というおもいから、

救急隊員に 「このまま安楽死させてくれませんか」 と穏やかに言ったが、

その後出会った島の医師によると、ニンゲンは、ふつうは死の瞬間、断末魔の叫びをあげるそうだ.


ほんとうにそうなのだろうか.

私のように、遺すものも、惜しむものもないような者には、そういう人の意識が計り知れない.


* * * *


スウェーデンで教わったスウェーデン人の先生のお母様は、その写真を私の拙訳書にも載せておいたが、


死ぬまで郊外で、一族の思い出の品々がある家で、独りで暮らしていらした.


毎週、娘である私の先生が泊りがけで食糧の補給や掃除に行っていたが、


ウプサラ大学そばの彼女のアパートではなく、お母様は、一族の旧家で暮らしていたのだ.


そのお母様の死の瞬間はだれにも知られなかったにせよ、


おそらく、その時は、


クルマの乗り降りのときに私が手を差し出したときに彼女が体を動かすのにちょっと表情を動かした程度にしか


平生とかわらずに死に赴いたのではないか、



と想像することしかできない.








死への態度というのは、


社会制度や国籍とか富の多寡といったこととは無縁に、


ただ、個人の内面の成熟度の問題なのではないか、と思わざるを得ないのである.



u
121123
この記事のURL | スウェーデンという国 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<スウェーデン人とつきあうために | メイン | これこそ 「ルール」 などなきものかと>>
コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://odjinn.blog69.fc2.com/tb.php/642-0a38382f
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。