時代の子
- 2012/07/15(Sun) -
だれでも時代の子だ


ソクラテスにしても死刑にあったのはあの時代のアテナイの法の故だし


芥川龍之介にしても漱石門下になったことで師と異なる研ぎ澄まされた短編作家への道が見えたし


ガンジーにしてもあの時代でなければイギリスに留学する術はそうなかった



☆ ★ ☆ ★ ☆

なにもそんな偉大な精神を出すまでもなく、みなさんもそんなことはとっくに知っていることだろう.


職業も、パートナーも、自分のいまの意思そのものも、いまとは違っていたであろうことを.







私がスウェーデンに行ったときは、ちょうど、

携帯電話が日本に普及する前、ノートパソコンが機械好きな者たちの間に普及し始めたころ、にあたっていた.




私は、最初の一時帰国の時に、日本製ノートパソコンの中古を友人から買ってスウェーデンに戻った.

その前の半年余りは、北欧語も打てる日本製ワープロ、を持っていっていたのだ.

それで、大学のレポートや、日本の母校への論文や友人への手紙を書いたりしていた.

その日本語ワープロは、親しかったロシア人娘に、露和辞典とともに、最後にスウェーデンを出るときに贈った.



 
そのような事情なので、

スウェーデンに行ったら、みんな留学生もすぐに携帯電話契約をしていることに面食らった.


結局、私は、2001年にスウェーデンを出るまで、携帯電話をスウェーデンでは使わなかった.


もし、いま日本で使っているようなものだと知っていたら、携帯をもったか.



だが、そのおかげで、私は、口語スウェーデン語を知る勉強を、ラジオとテレビと友人との対面会話に絞った.

ノートをとって、

日本にあるスウェーデン語の辞書よりは豊富な表現を集め使用した.



コンピュータも中古だったので、日本語のラジオ放送とか日本の動画とかを見る智恵もなかった.
YouTubeなどはいつからあるのか知らぬが、当時の私は知らなかった.
私の先輩で母校大学に就職した某氏は、1年の留学中、部屋から出ないでコンピュータ相手に、
ただ 「1年」 の留学期間が終わるのを待っていた、と言っていた.
そんなものが大学の教壇に立って、外国、を語っているのがいまの、まだ、日本の教育現状だ.
まあ、世界に追いつくには、これから、そんな輩が滅んでのちの次世代の話だ.
閑話休題




☆ ★


そういう事情



だから、当時私が、



日本語を聴き使う唯一の機会は、



毎晩、


夜の2時ごろに、日本の恋人からかかってくる国際電話か(日本では午前10時くらいだし)、



さもなきゃ、



スウェーデン語の気に入った図書を、ぽつぽつ日本語訳でもするしか日本語遊びができかなったわけである.





そうして、私の 『スウェーデン人』
は生まれた.



だが、日本では、私がスウェーデンで勉強してきたことを教える学部がまだ存在しないために、


同遇に近い、エジプト学の吉村先生が尽力してくれたが、母校に場所はない、ということになっただけだ.




日本語恋しさがなかったら、そもそも、一冊の図書を翻訳しようなどとおもわなかったに違いない.


そういう意味では、


私も、


時代の 「お蔭」 で、とりあえず、意思と違うが、人の役にほんのほんの僅かでも立ったかもしれない、

と思える訣である.





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( Uppsala )







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