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墓参にて
- 2006/07/12(Wed) -
「独身」 で、親族とまったく交渉のない私は、今年も一人で墓参をする。
電車の前に、二人の児童とその両親が座っていて、母親だけが目覚めていた。

私は、同棲は、アキラの母親との場合を最後にしてかつて3、4回したが、結婚はしたことがない。だから、あの疲れた父親の経験しているような、結婚式の結納を取り交わすとか、仲間に式場で祝福されるとか、子どもの出産に立ち会うとか、子どもの進学を喜ぶとかの事柄の本質を知らない。そのことの苦労も知らない。生まれる前の子どもの「喪失」の経験は二回あるが、それと、出産・育児の経験とは別に違いない。

もー の母親を私は遠ざける以上、私と もー の関係もいずれなくなる。あるとすれば、彼女がおとなになってからだ。アキラも、いつか、私に会いたいと思ってくれるか。

まだスウェーデンにいたころは、自分の人生をどう広げて、どの方向に伸ばし、きょうはどのハードルを越え、きのうよりどれだけ自分が成長しているか、ということばかりを意識してきた。

心臓を壊してからは、独りでどう死ぬかを考えている。私がなすべきことを、母校の恩師たちは指示されるが、この齢になって、いまだに自分の価値がわからない。一方で、私を利用しようとする会社もあり、私はそのまま、 もー とカメのアプとともに残りの生をゆるやかに下降しながら過ごそうとしている。

きっと、死ぬまで、私は何もわからないのだろう。
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