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子どもの頭脳
- 2014/04/26(Sat) -
今朝、恩師の名字 「奈良」 をインターネットで検索したら、偶然、

「奈良岡」 という苗字が出て、

「朋子」 という私がたぶん子ども時代に好きだった女優がいたので、さらに、その候補項目を見ていたら、

私が、

人生で最初に手紙をもらった芸能人の名前が出て、その頃の自分を思い出した.



*  *  *  *  *  *  *  *



私は、いま、平気で若者を 「阿呆」 呼ばわりする、周囲から、つまり、東京の一部上場会社でも沖縄の公的機関でも、嫌われているジジイになっているが、
(何故なら、沖縄の人は内地の者に叱られるのを嫌がるし、また、厳しい社会経験がない人が多いので、「叱られ慣れ」 ていない.東京では、いまだに、「有名大学出身で有名企業の社員」 ということだけで自分がひとかどの者だとおもっている若僧が掃いて捨てて焼却したいほどいるので、これも、叱られ慣れていない小僧どもばかりである.)


一方、私は、自分のことをも、周囲以上に、つくづく大阿呆だとおもっているが、


その私の阿呆は、たぶん、生まれついてのものだったろう、








・・・・・・という証左が、


私がその芸能人、といっても、
当時、中2の私とはやや年下の、NHKドラマの子役に私が手紙を送ったという事実なのである.


その返事が、たぶん、マネージャーの女性らしい筆跡で来て、


それでも、当時級友のオカベは、「本人からではないにしろ、出したその勇気はほめてやる」 と言い、同級友オザケンはただ驚いて大笑いしていたりしたものであった.










─────── 子どものアタマとは、そんなものなのだ.








私は、その頃、学級日誌に、数学のサイクロイド曲線の研究を書いていて、遠藤周作の 『海と毒薬』 を愛読していた.







子どものアタマは、いま、自分のアタマとして思い出すと、あまりに中規模の爆発を繰り返していて、


規制制御のきかない宇宙ロケットのようなものだった.





(高校1年になっても、学校で行った観劇会で、私は、民藝の樫山文枝に感動して、課題でもなかったのに賛辞と劇評を書いて、生物教師の担任に投げるように 「読んでくれ」 と言って渡したら、民藝からの礼状とポスターを担任がもらってきてくれたこともある.K29同窓生よ、あの1年生の時のことだ.私は、どうやら、生粋の阿呆者なのだ.)







*  *  *  *  *  *  *  *






私が沖縄に来るまえに週末親をしていた娘はとうとう大学生になったが、



数年前に会ったときに、あまりに混沌としている彼女の立ち居振る舞いに、
小学生時代とは変わった高校生の彼女をみて茫然としたが、






あれで、ふつうの子ども時代なのだ.



あの、中規模爆発が、なにか1つに照準を合わせて、


巨大な集中砲火に変わるとき、













その子の天才が開くのである.











子どもこそが、


未来の救いだ.









若いものを、だからこそ、












私たち老人は











甘やかしてはいけないのである.










バカ、阿呆、使えない、50年早い、等々、


我ら年経たものたちは、


若いものをいくらたたいても過ぎることはない.いくらでもぶっ叩いてやろう.










彼らのアタマの爆発燃焼は、









そんなことでとまることなどないのだから.





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