環境がつくるもの
- 2012/03/19(Mon) -
我が家は猫の居酒屋のようだ、とは以前に書いたが、私は、家では机に向かうか寝ている以外は、
たえず、猫たちのエサを作っているのだ.

「たえず」 とは大げさな、とおもうかもしれないが、「仕込み」 の時間というものがある.


それらを用意していて、

食事に帰った者から好物を作ってやる.

猫でも、牛豚を食べないで刺身と鰹節しかだめなものや、逆に、脂っこい鶏胸や皮が好きなものや、まちまちで、

飲み物も、粉ミルク、鶏の脂、クリーム、などの配合が違うものなのだ.

子どもがいないから?

島でほかに愉しみがないから?

やつらがかわいいから? いや、賢いから?


まぁ、いずれ、こんなことはできなくなる.

私が再び倒れるか、猫たちが消えてゆくか、その両方か.



昔の恋人たち同様、どんなものにも、時宜、あるいは、シーズン、といったものがある.

料理のタイミングのように、化学反応のように、

あのときだったから……、という 「時」 が.




kta





そうえば、スウェーデンにいたころも猫を飼っていた.
その猫の写真は、私の翻訳書にも載っている.
Huga (ヒューガ) といい (Hugo の語尾を女性名詞語尾に変えたものだ)、私がいたコリドーの
すべての部屋に出入りを許してもらっていた.

無論学生寮は動物禁止だが、

知り合いの女の子ロッタは、体長1メートルはあるオオトカゲを部屋に飼っていたし、
ヒューガがよく遊びにいった隣のニーナはハツカネズミを飼っていた.

Huga
(写真はスウェーデンでの私のベッドだ.)

その猫は、私が帰国直後で家を探していたころ預けた親戚が 「もううちになついた」 という理由で返してくれなくなった.

日本の女友達が、一緒に取り返しに行こうと誘ってくれたが、

私は親戚のそんな言い草も日本人らしいと力抜け、そのまま、川崎の下町にいることになってしまった.
もう、あれから13年になるから、寿命が尽きたかもしれない.
それから数年後、愛するものとの別れが、あまりに多くて、私の心臓も壊れた.




Huga は、私の学生寮の階段で出会った.

だれか、留学を終えた学生が捨てて行ったのだろう.

その後、私と彼女は、一緒に寮の周囲を散歩するようになった.

無論、スウェーデンでは、犬も放し飼いで散歩するから、

私の猫と他人の犬が路上ですれ違っても、犬はほえず、猫は大型犬におびえず、

猫は他のリードなしの犬々とならんで自分の意思でマーケットの前に座って
飼い主が出てくるのを待っていたものだった.


私は、そんな賢い犬は、スウェーデンの調教方法のたまものだとおもっていたが、

Huga は川崎の下町では、クルマや他の猫を警戒して逃げ走っていた.

ということは、Huga は、スウェーデンだったから、あのように、

知的に、優美だったのかもしれない、とおもう.日本に連れてきて、かわいそうなことをした.



ウプサラ大学 (Uppsala universitet) は観光名所のウプサラ市にあるが、

私たちの寮は、自転車で大学から10分ぐらいのところだった.

そこでは、リスが走り、ハリネズミがうごめき、シカがたゆたっていた.


そんなところだったから、

Huga も、知的で優美だったのかもしれない.


としたら、そこで勉強しているウプサラ大学の学生は……


だから、ノーベル賞もそこで授与され、世界から学生研究者が雲集しているのだな.



環境



それは、やっぱりある.


ヒトの頭脳や品格もまた、決定するほどに.


Huga
(スウェーデンでの私の部屋のこの椅子は彼女のものだった.)


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