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成長
- 2013/05/29(Wed) -
(本記事は2012年3月3日に書かれた.)

ここ沖縄では、雛人形は出さないらしい、少なくとも、この離島では.
そう、さっき会った島育ちの女の子が言っていた.

◆◇◆◇

私も、そして、私の昔のK29の同窓も、ほぼみんなもう54歳になっただろう.

しかし、私は阿呆なので、

自分が高校生時代には生まれてもいなかったような女の子
つまり、いま30代の女性をつかまえて
「おばさん」 と呼んであっけにとられているほど
自分がまだ昔のままのような気分でいるのだ.
たぶん、二十代で独り暮らしを始めたときと同じの.


無論、体力も暗記力も落ちた.

きっと、もう、80%は死んでいる状態に違いないし、

あのころの自分がいまの自分を見たら、

自分にも世界にも何の役にも立たない腑抜けと唾棄するかもしれない.

私は結婚しなかったせいで、とうとういまに至り不良中年になったため
まだ胸囲のほうがウエストより大きいし、地元の高校にボランティアでラテン語を教えたりしているが、

それでも、確実に自分は 「無」 に接近していることを自覚している.


◆◇◆◇


しかしながら、また昔の同窓に会ったなら、きっと、みんな 「同じ」 ままなのに違いない、とも思うのだ.

そうだろう? 諸君.

岩下はあいかわらず周囲に目配りがきき、

萩原さんはあいからわずくすとかわいく笑うはずなのだ.

その一方で、私たちは、35年以上もの間の成長、
頭脳の蓄積と、交わった人々の影響によって、
だれもが予想もできなかったほどに 「すばらしく」 なっているはずなのだ.


私は、同窓会というものに出たことがないが、

きっと、出れば、

みんな、昔と変わらぬところに安堵し、成長したところに感心し、

うれしい時間を共有できる機会なのだろう.


◆◇◆◇


若いころは、芥川龍之介はどうして自殺したのだろうかと考えた、

その年齢をとっくに過ぎた我らだが、

いまは、人生が完結した、と思ったら、人は死ぬのかもしれない、とも思う.


私は、体操選手になりそこね、

数学の世界には受験で門を閉ざされ、

国と大学のおかげでヨーロッパまで行かされ勉強した比較言語学も職業にはしなかった.


ささやかな翻訳を1冊世におくり、


それでも、自分の仕事はした、と思っているが、


そんな私に、島の、私の心臓の主治医は

「内地に戻って教育機関で働くべき」 と言う.


私の答えは、


自分の得意なものを飯のタネにする必要はない、
むしろ、そうでないことのほうが気分よい.
私がいま知ることは、自分だけの知識なのだから.
30年後、日本人学生がいま私が知ることを学校で習うようになることは私とは関係ない事柄だ.


というのが常だ.


週末親をした娘からのメール、


のどをならす猫たち、


そして、いまもある、勉強ネタ



人生は、こんなものでじゅうぶんで、

あとは、世界を観て


それだけだ.




そうだろう? みんな、そして、先輩諸氏.



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