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幸せ考 ─── 100万回生きたねこがスウェーデンで出されない理由
- 2016/05/08(Sun) -
以前も書いたが、私がウプサラ大学の学生だったころ

日本の恋人が送ってくれた日本語絵本、佐野洋子著 『100万回生きたねこ』 をスウェーデン語訳した。

その時は、大学の教員や友人が勧めたので、ボンニエル・カールセン出版社に持ち込んだが、

結果は不採用だった。理由は、「東洋の輪廻転生の匂いがつよい」 ということだった。

その後、10年近く原稿は私のディスクに残ったままで、

つい昨年、日本の版元の講談社にその原稿について再び出版活動をしようとおもうがよいか確認したら、

それはこっちで交渉するから原稿を送れ、ということだったので、送っておいた。


その後、進展はない。


──────


昨日、知り合いの子で来年大学受験の高校三年生に、慶応大学総合政策学部の2006年の英語問題を読んでやっていたら、幸せを数値で表すアメリカの研究者の話しがあった。

たとえば、飲み水さえめったに手に入らないインド人は、
私たちからすればとても厳しい生活の中にいるのに、

自覚している幸せ指数は、1~7のランクの中で「4」だというのである。

無論、アメリカなどには劣るものの、幸せ観、というものは、決して他人がおもうものとは違いがあるのだそうだ。

(ちなみに、その研究では、
世界のトップの幸せ実感国は、南米とスペイン、ラテン系の国々だそうで、
不幸せ実感国ベスト5に、東洋の、日本と中国と韓国が入っているそうだ。

これだから、たまに、英語を読んでみるのもおもしろい。)



──────



所詮、入試の英文だから抜粋で、その中でスウェーデンがどうなのかは

フランスがスウェーデンに劣る、とあるだけで、具体的には書いていないが、

たぶん、「そこそこ」 であることだろう。


『100万回生きたねこ』 の最後に

「あいつらもみんなりっぱなのらねこになったなぁ」

と100万回ねこがいい、老いた白猫もしあわせそうにのどを鳴らす、というくだりがある。



しかし、スウェーデンでは、

完全に野良の猫をスウェーデン人は 「幸せ」 とは考えにくい。

冬を越すのが難しいからだ。



しっぽのない猫が活躍する絵本があるが、あれも、ニンゲンのそばに住んでの話である。


だから、その100万回ねことそのつれあいのねこの述懐もまた、

スウェーデン人には理解できない箇所なのである。


いや、猫が何度も死ぬような話自体、スウェーデン人が好まないのも私はわかる。


──────


佐野さんは、ご自分では、

「わたしゃ、ねこはきらいだよ」

とおっしゃった。


しかし、あの述懐は、


間近でねこを見て、抱いた深いおもいやりの感情の



翻った佐野さんなりの言葉であったのかもしれない。



猫を何度も死なせる話を書いたが、佐野さんは、たぶん、嫌いだよ、と言った猫の死をだれよりも悼んだ経験があるのにちがいない。




それを、スウェーデンの出版社に言えなければ、100万回ねこのスウェーデン語出版はないだろう。




私がいつか、講談社をふりきって、スウェーデンに行ければよいのだが。




ann

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