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Christian Kampitsch
- 2017/06/22(Thu) -
私は、スウェーデンのひと冬、毎朝新聞配達をした年がある。
留学した最初の冬だ。
こごえそうな北欧の冬も、スウェーデンの二大紙と地元紙をかかえて雪をけちらしてポストからポストへ、建物の中はまず最上階にエレベーターで上ってから(ひとときの暖と休息!)一気に階段を走り降りながらドアからドアへと新聞をつっこんでいくと、終わったときには汗みずくになっている。

そして、汗が冷たくなる前に帰宅してシャワーを浴びないと・・・・・・たいへんなことになるわけである。

私は、別に金に困っていたわけではなかった。文部省からの奨学金を節約すれば生活はできた。

言語学科が希少な日本でドイツ文学科の大学院にいた私は、北欧では本来の比較言語学を専門にしていたものの、日本に帰ったらドイツ語の教師になるしか道はないとおもい、スウェーデン人がどんなふうにドイツ語を勉強しているのか見ておこうと教室をのぞいたときに、後に親友となる男と出会ったのである。

彼の姓は、Kampitschという。後半の綴りからわかるように、ドイツ系の名前で、片親はオーストリア人であった。

彼、カンピチ については、今後、たびたび私のブログに出ることになろう。

そう、きょうは、新聞配達のことだ・・・

彼は、いつも教室の後ろで鉛筆を噛んで授業とは無関係の本を読んでいながら、急に教師と論争を始めるような学生だった。少なくとも、北欧最古の大学である。しかし、彼の高踏的な態度と、それを許し、彼との教室を縦断しての論争を愉しんでいる教師ともども、日本の大学にはない、真に自由な学問の場の所産だった。

そんな彼は、優秀なのに午前の授業に来ないのである。それは、就学補助金をもらいそこねたために新聞配達をしなければならなくなり、それで、習慣上徹夜で勉強したあと働いて、毎朝疲労しきって、午前中起きられない、という悪しき循環を起こしていたからなのだ。

私は、授業をおもしろくするため、彼を教室に呼ぶべく、彼の仕事を手伝うことにしたのである。

無償で? 無論だ。しかし、私にも、密かな代償はあった。
私は、スウェーデンに行って3か月で日常のスウェーデン語は使えるようになり、学術的なスウェーデン語の論文を直してくれる先生も大学がつけてくれたが、若者間の語彙や隠語はなかなか学びようがなかった。

しかし、そんなカンピチとひととき夢中で何かをやれば、きっと、教室では教えてもらえない口語表現に習熟できるだろう、と私は考えた。

・・・そして、事実、その通りになったといえるだろう。

そうして、単に、スウェーデン語学習以上の成果として、彼カンピチは、私にはかけがえのない友となり、私のピンチをその後幾度となく救ってくれることになる。彼は、いまや、かつて熱烈に片思いをしていた女学生と結婚し、子どもの写真をインターネットで送ってくれるようになった。


追記:当時、我々が愛した、ウプサラ大学ドイツ語学科の文法・作文の老教師Kennethが、私が帰国してから亡くなった。ここに、あらためて、すばらしい時間をくださったことに感謝を捧げる。

(本記事は筆者旧サイトにおいて2005年に書かれたものである.)





そして、また最近、二人目の娘の写真も来た.


Agnes と Sonja が、私がスウェーデン語訳した日本の
『100万回生きたねこ Katten som levt miljoner gånger』 を読む日が
いつか来ることを願う.

(2010.7.11.記)






ch

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