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遠い未来の若者を喜ぶ
- 2011/09/08(Thu) -
いまから思うと、留学は私にとって決定的な人生の学習期間だった.現在完了形的意味で.


世界、すなわち、つきあう人の人種が異なり、
見る自然の景物が生まれ育った場所と異なり、
使う調度や住まいがなじんだものとは異なるのが 「世界」 なのだ.


つきあう人が違えば、異なる考え方と出会うことができ、その結果、人は思考能力が倍加する.
国内にいては成長はたかがしれている.沖縄生まれの子が北海道に住むことになったとしても、そうはならぬ.
自然の景物が違えば、日々抱く感慨や意思も違ってくる.
自国民とは異なる気遣いと価値観を込められた生活用具を知ることで、人は自身にも新たな価値観を醸成できる.


かくして、海外を知った若者は、
人格も頭脳も、まったく異なるものを身につけることから、
国内人とは別人になることができるため、
内面能力が倍加するのである.


日本はまだ開国されていない.

若者も、また、江戸時代の市井の民のようなレベルで右往左往しているだけだ.



いつか、日本のほとんどの若者も、
スウェーデン人の女の子が他国人におだやかに微笑むように
イタリア人の男が異国人の群れに分け入っていくように
他のヨーロッパ人ともアフリカ人ともどこのニンゲンとも交われる日が来るだろう.



私は、私の子どもがいても、また、それを見ることはないだろうが、


それでも、いつかはそういう時代が来る.

未来は、まだ、望みはあるのだ.


k



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