彼女らにならいて
- 2011/09/03(Sat) -
子が見えなくなると母猫はないてないて喉をからして呼び彷徨する


自らは食べずに子どもに食餌を運ぶ


私たちは、記憶のせいで、また不完全な学習癖から、
愛するものをもってもむなしいと思い込みやすく、
手を抜いたり、無責任であることの言い訣にもしがちだが、


彼女らは、
愛するもののために右往左往することも

自らが苦悩して痩せ細るのも当り前のことと示している.


子が交通事故にあって血を流して路上に横たわると


その周りで困惑するが、


やがて、そこを去り、
別の子ども
自分のため
活きるためにまた精神を向ける

私たちの悲嘆癖もまた、自然なものではないのだろう.


強いとかナイーブとか、
ありえない.


あるのは、

愛は存在する 苦悩もまたありうる

しかし、

それに囚われ続けない



すべてをひきうけて  生き続けるだけのことなのだ.


m


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