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美しいことを学ぶ心
- 2011/05/18(Wed) -
私は、一昨日54回目の誕生日を迎えた。

その夜、私のところに勉強に来る島の中学一年の男子が、私が死んだ猫の埋葬前に発した言葉をその夜家族に思いだし話したそうだ。

1年前、その春に交通事故で亡くなった子猫をずっと冷凍保存していて、私の誕生日である1年前に、その兄弟姉妹が走り回っているバナナの木の回りに埋めたのだ。それを、私はすっかり忘れていたのだ。あんなに悲しんだのに。


その子は、私が、冷凍庫から出していよいよ濡れて蒸した地面に猫を埋めるために部屋を出るとき、
「ケイキチ、行くぞ」
と言ったと家族に告げたそうだ。それが、彼の私という大人へのイメージの固定となったそうだ。

死んで埋められる猫に 「行くぞ」 と言う大人・・・・・・私はどんなふうに彼に映ったのか。


私も、数多くの先人、恩師、親友、恋人のある言葉を鮮明に覚えている。あの人のあの言葉、それが、その人をいまも思い出す全イメージの源だったりする。そんなことは私は自分だけだろうとおもっていたが、若い魂もそんなことがあるらしい。


小さな塾を開いて正解だったのか。

私は、いやまして、若い魂に、何か真実を伝えるよう、しっかりと生きねばならないと思い知ったのだった。



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そうそう、昔の同窓たちよ、

あるいは、スウェーデン時代の蓬髪姿を知る者たちよ、

54歳の私は、いまはこんな、どこにもいるオッサンになったんだ。


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