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スローな趣にしないでくれ
- 2011/01/08(Sat) -
私が4年前に沖縄に来たころ、何人かの知人は、 『めがね』 (という映画)のように私が生きるのを望んでなのですね、と言った.

私は、何かのように生きることを望む生き方を、つまり、何かに憧れる生を選ぶことなどしないニンゲンなので、その映画の内容を知ろうともしないまま、そんな意見は聞き流していた.

そして、先日その映画を観てみて、やっぱり、これは私の望みではないし、そう言った知人は私を理解していなかったのだとわかった.

「スローライフ」 という単語がある.私は、その本質的な意味を知らないし、自分でも使う単語ではないが、そういえば、その単語は、ここ沖縄についてばかりでなく、スウェーデンという外国に対しても使われる単語であるようだ.

私が沖縄に来たばかりのころ、内地出身で既に沖縄での生活になじんでいた先住者たちは、後から来た私を、そんな 「スローな生活」 に憧れて沖縄に来たものと勝手に決めてかかり、そんな物見遊山気分では同僚として許せない、とこれもさらに勝手に憤慨して当り散らしていたが、当の本人たちが、ずっとぐうたらな役立たずになっていることには気づいていないようだった.仕事をしないで海で遊び夕方から毎日酒を飲んで、NPO団体職員として給料を得ている彼らは、もはや、沖縄、という土地に巣くう寄生虫と言えた.

しかし、内地の私の知人も、私が、こんな、大書店も美術館もないような土地でいったいどうやって生きているんだろう、と不思議がっているらしい.彼ら彼女らからすると、私も、単なる、あの映画の登場人物化を経験しているだけなのだろうか.

「スロー」 とはなんなのか.

東京の喧騒から、というより、人生の混迷をさらに観にくくするだけの肉親や同僚から離れることは、私にはよかった.学会活動も、出版社とのつきあいもなくなったが、まあ、それはそれでよい.
静かに考える、そのための土地に居を構える、ということは許されるだろう.
朝9時から夕方まで沖縄県の公務員と同じ仕事をし、夜からは子どもから大学受験生の勉強の相手をする.
収入は少なく、一日じゅうで自分のための勉強時間は数時間しかない.しかし、私は、それでも、この土地にいることに価値を見出している.それが、私の、静かによく考える 生活なのである.

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