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書く、ということ
- 2010/12/30(Thu) -
先日、レイ=チャールズの伝記映画を観た.
私が知っている彼の曲の多くがクスリ漬け時代に書かれたことを知った.
シュワルツネガーもステロイドで有名になって知事になった.


私の体格からあれこれ言う者がいるが、
私自身は、ステロイドもモルヒネも一切の薬物を経験したことがない.
そんな健常な私でさえ、、
歩行中、就寝前後、たまに飲むアルコールの時など、ああ、書いておきたい見解だ、とおもうものが閃くことがある.



だが、

いまの私は、


「それがなんだ」


とおもってしまうのだ.



知りあいの駿台の英語講師も、英文法のブログをしていて、日々記事にする内容をメモしてせっせと更新しているが、
私には、その意欲が理解できない.



ネットで自分の知見を流せば、それで裨益する者がいるのだから、すべきだ、という見解もあるだろう.



しかし、


私は、まあ、根がものぐさなのもあり、


自分がわかるようになったことは、自分の人生では満足で、他人は、あと数十年したらわかるようになればいい、


と単純におもってしまうのだ.



レイも、曲がお金になったことだろう.


私は、いまだに 「成功」 という言葉の意味がわからないし、


自分が生きて、若者に飯を食わせてやる程度の収入があれば、あとは自由にものを考えていたいニンゲンなので、



どんなひらめきがアタマに浮かんでも、その瞬間、ああ、そうだな、と自分で愉しんで、
もうあとはなにも遺さない.



人それぞれだから、どれが正しいとも言えはしない.












かくて、自由な思索者の今年も終わりになるわけである.




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