2017 06 ≪  07月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2017 08
文化の保守
- 2010/12/12(Sun) -
文化には、それを尊ぶ文化継承者 (つまり、その土地に住む者たち) が、
異文化の侵入を拒むことも多かれ少なかれ必ず見られる.
端的な例としては、スウェーデンがEUすなわちヨーロッパ連合に加盟する際に行われた国民投票で
賛成が約51%、反対が49%という結果であったが、その時の反対派の理由が、
スウェーデンのよき気風の風土に自由に他のヨーロッパ人が入ってきてほしくない、というものだったことが挙げられよう.


ここ、沖縄の離島で、私は、往来で出会った知人に 「こんにちは!」 と大きく短く挨拶して行き過ぎる.

しかし、もしかしたら、沖縄の風土の挨拶の仕方は、立ち止まって、地元の方言で、もっとゆっくりと言葉を交わし合うことかもしれないのだ.


私のように挨拶する者が増えたら、新たに沖縄にやってきた内地の人々は、
なんだここは東京とかわりないじゃないか、とおもうことになるのだろうか.
かつて、私がここに来た当初、地元の県立高校の先生は、
よき風習のあるこの島に、これ以上は内地の人に定住してほしくない、ということを述べていた.


◆◇◆◇


異文化接触は人も民族も進化させる、

これは、私がこのブログのあちこちで書いていることだし、

私が住みたい土地を求めて移住を重ね、その土地でさまざまな仕事をしながら自分の精神のために翻訳などをしているのも、

異文化が自分に新鮮で健康な息吹をもたらす、と感じているからだ.


しかし、私が訪れた土地にすれば、私は迷惑な異文化侵入だったのか.


私のこの島の住まいに、知人のお子さんが小学生も大学受験生も問わず遊びにくる.

もっとも、親語さんたちは、ここを 「塾」 と考え、私がやりたい勉強をさせるのを期待していらっしゃる.


無論、受験生には、私が内地の予備校でしてきた受験英語の授業を行うが、


たぶん、これも外国語関係の記事で書いているように、私の授業はきわめて脱線が多く、

勉強以外のこと、それを子どもたちに話す時間もかなりある.


しかし、それでも、勉強になることなら、私は島に貢献しているのか、島にとって私は必ずしも迷惑な異文化でばかりあるのでもないのか.私に 「なにかしてもらいたいとおもう」 と述べた校長先生の言葉は、内地では聞かれない切実な響きをもっていた.


私にとりえがあるなら、その 「とりえ」 だけ保持したまま、あとは島人と同じようになればよいのか.

いくつかの点では、もうじゅうぶんに島人らしい私は、自分の本質は失うことまで要求されていないだろう.


内地の文化、それは、確かに、この島では、似つかわしくない.

しかし、他者に文化を強制するのもまた非人間的なことだ.


◆◇◆◇


スウェーデンは、ヨーロッパ連合に入ったあとも、その議長を務めたりと、確実に発展してきた.


異文化接触は、その弊害があるにしても、異文化を受容する在来文化は、そこであらたに耐性を強め、

より強く、異文化を消化して己が文化を向上させる方向に成長してゆくのが正しいあり方なのであろう.




私がいるこの素朴な沖縄の離島も、異文化の侵入を拒み、異文化を排斥するのではなく、
それを受け入れてなおかつ自らの本質を向上発展させる方向に進んでほしい.

そのためにも、異文化を担ってきた者は、この土地の文化を尊ぶ心を忘れてはならない.


異文化は、そこから学ぶものがあるからこそ、価値をもつのであるから.


az

この記事のURL | 世界 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<昔の友、K29生たちへ | メイン | 外国語学習とは>>
コメント

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://odjinn.blog69.fc2.com/tb.php/497-88f85234
| メイン |