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そういえば、アルコールのはなし
- 2010/11/21(Sun) -
私を知る高校の同窓は、高1で行った最初の修学旅行で、
私がウイスキィのボトルをラッパ飲みしているのが、修学旅行の思い出ギャラリーで職員室の前に貼られたのを覚えていよう.
撮ったのは、写真部のオダギリシュウイチ、私がひったくったボトルの持ち主はシモクラケンイチロウだ.

そんな私だから、大学の早稲田時代、住んでいた東西線の高田馬場出口近辺の居酒屋はことごとく通った.


神田川に行く道にあった焼き鳥屋を覚えているか.
あそこは、私がスウェーデンに行く前になくなった.
いいオヤジがカウンターだけの店で日本酒と焼き鳥をゆっくり味わわせてくれるところだった.

早稲田通りでその対称の位置にあったミッキー食堂を知っているか.
あそこも、私がスウェーデンに行くころ、地上げにあって、夫婦は巨額の補償金を得て、分厚い毛皮で日長早稲田通りを歩くようになったよ

私は、駅の下の焼肉屋に、毎日昼飯とりにいった.黙って座れば 「焼肉ランチが2人前」 が出た.キムチはいらないかわりに、サニーレタスを4人前と.要するに、諸君らが知っている高校生の私ように、三十代まで生きた、ということだ.

いろいろな飲み屋で、世話になった.仙台でも同様だった.

みな、私の人生の大事な場所であった.指導教授の研究室のように.だから、居酒屋の時間も大事なのだ.


しかし、酒を飲む流儀は場所によって異なるのも事実だ.
私は、隅のカウンターで静かに大量に飲むのが好きだが、それを許さない場所もある.

そんなことも、そうでないことも、いろいろ入り込みで、人生は、世界は、おもしろい.


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恋人とのデート場所も、シティホテルがたいていだった.

そこで、彼女が普段食べないような、コンビニスストアのおでんとか、駄菓子をつまみに、強い酒を二人であおってふざけあった不良時代だった.



スウェーデンでは、私の場合、恋愛にアルコールはあまりかかわらなかった.パブで出会いを探したイタリア人の友は私の逆だったが.


アルコールを飲んでも、ソバーで、それで、夜長話し合って、「すこぉし」 わかり合えた、というのがたいていだった.




しみじみした語り合いをスウェーデン語で幾度も幾日も経た後で、「恋愛」 がスタートしたように思う.



スウェーデン人との恋愛は、ゆっくりと、おだやかに、始まったのだ.






日本流儀? の 「告白」、って、なんだか、契約儀礼のようで、逆に重みが感じられない.


ゆっくり、熟成した恋愛こそが、深みのある、味わいのあるものになるのじゃないかな.








そういえば、私は、人生で一度も、「告白」 というものを経て恋愛したことはないのを思い出した.







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