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違和感さえも同じではない
- 2010/10/12(Tue) -
スウェーデンで友人とテレビを観ていたら、彼が唐突に

「日本では、特定の外国人俳優専門の声を出す職業があるんだって?」 と私に尋ねた.

スウェーデンで観る外国映画は、テレビでもビデオでも、画面の下にスウェーデン語の字幕が入る.

外国人俳優はほぼみんな英語で話しているので、

私は、英語を聞きながら字幕のスウェーデン語を書きとって口語表現のバラエティを増やした.



スウェーデン人の友人は、

日本では外国人俳優もみんな日本語で話しているのか、

と笑ったが、

私にすれば、

映画の中では、アルテュール=ランボーもフィンセント・ファン・ゴッホもドイツ軍将校も英語を話していることが

日本語の吹き替え同様に滑稽なのだ.

せっかくフランス語の勉強をしようとおもっても、レオナルド=ディカプリオは英語でしか話さない.

まあ、彼ら俳優自身の声ではあるのだが.



それなのに、スウェーデン人の彼が日本語の吹き替えを嗤うのに、

英語で話す 「フランス人」 や 「オランダ人」 や 「ドイツ人」 に違和感を抱かないのは、

所詮、彼ら、印欧語民族には、英語は自国語にとって 「一方言」 に過ぎないからなのだ.

トム=クルーズも、ドイツ語風にアクセントをおいた英語を話せば、ドイツ人将校っぽくなれるのは彼の演技力もあろうが、


私のような平凡な日本人でさえ、

スウェーデン語に習熟すると、デンマーク人ともノルウェー人ともアイスランド人ともスウェーデン語で話せるし、スウェーデン語の知識で相手の言う語彙の98%ほどはわかるのだが、

それが、オランダ語になっても、ドイツ語になっても、はては、

語派が異なるフランス語やスペイン語などになっても、

似たようなもので、英語で話すゴッホも自然なのだろう.

映画 『リスボン物語』 では、ドイツ人の主人公が車でポルトガルに旅する過程で、

車内でポルトガル語会話テープを聞いてポルトガル語をかたことでもしゃべるようになる場面がある.

それが、同じ、印欧語を話す民族(インド・ヨーロッパ語族)の言語感覚なのである.


shm


◆◇◆◇

言葉ひとつをとっても我々ニンゲンの抱く違和感はこのように異なるのである.

ましてや、思考方法とか、善悪の価値観とか、人生観とかとなると、

同国人同士でも異なって当たり前.

私たちは、本来そう容易には認め合えない者同士でありながら、

隣人関係、同僚関係、上下関係などさまざなな関係を営んでいるのである.


ニンゲンであることはむずかしい、しかし、それは、なにもいまさらのことではなく、

古のゴータマ=シッダールタやソクラテスたちも命をかけて問題としなければならなかったことなのだ.



ヒトよ、汝は


誠実に生きてしかるべき


苦悩してしかるべき


重き一歩を運んでしかるべきなのである



kissen


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