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スウェーデン人化
- 2011/06/06(Mon) -
この沖縄の中でいまの離島に越してきた当初、
私は自ら進んで島で最も過酷な肉体労働に就いた。
その以前にいた離島のNPO団体が腑抜けだったので、たぶん、その反動で
存分に、自分の身体を使う労働がしたかったからだ。

いまは、その話題ではない。

その工場の仕事をこの夏前に辞めたことで雇用保険が発効し、人生で初めて失業保険手続きをすることになった。

そしてそのために再就職活動をせざるをえないことになった。
島には、しかし、私ができるような仕事はないため、
仕方なく、とうに頭脳からなくした選択肢――大学の教職――に応募するしかなくなった。

その際、推薦者が必要になるために、大学で教えているある先輩に相談したところ
「私などよりももっとよい人がいるでしょうに」
というご返事をいただいた。


この記事の本題はここからである。


スウェーデンでは、人にものを頼んで、――それが、個人的な知り合いでも、役所の窓口でも――
「ちょっと待ってください (あるいは、ちょっと考えさせてください)」
と言われたら、それは断りの返事である、と大学で教えられたし、
Gillis Herlitz の 『スウェーデン人』 にもそう明言されている。
・・・・・・それが、しばしば、スウェーデン人に対する外国人側からの不信感を招くにせよ、
と但し書きがありつつ。


それで、私は、その先輩にも、大学への求職は諦めるので以後お気遣いなきよう、という旨を書いた。

すると、その先輩から、自分の意思は 「書かない」 ではない、という再伸が来た。


私の反応はスウェーデン人的であり、

それに対して、応じるにしても一度は止めてためるのが日本的なのかもしれない。

一方で、スウェーデン人は、他のヨーロッパ人と同じように、要点を先に言う、ということも尊ぶ。
つまり、Yes、の即答がなければ、すべて No、と思う思考習慣が私についていたのだ。


生活の整え方、お金や人生に対する考え方なども私は極めてスウェーデン人的になっている自分に気づく。


ある企業管理者は、外国にいた人間は使いにくい、と言ったことがあるが、それは、私のように、
思考習慣や行動様式が多衆と異なる人間がいたら集団管理がしにくくなることに拠っているのだろう。

しかし、本来は、異文化的要素は、その集団を発展させるはずなのである。
それは、ヨーロッパの歴史、いや世界の歴史そのものであるからだ。

それにもかかわらず、異文化精神を排斥しようとする風土がいまだに日本にはある。
それが、日本が今に至るも真の 「開国」 ができていない理由なのである。


幸い、私のところに遊びにくる高校生たちは、そんな私の思考習慣や行動様式を蔑視するほど愚昧偏狭ではない。
離島の子どもの精神はのびのびしているのだ。


日本の舵取りが彼らの世代の手に移るころには、もう私は生きていないが、

そのころには、日本の姿がいまよりも もっと 




広がり 

エイリアンすなわち、異人を受け入れる風土になり

世界に伍して活動する人々がふえている



そうなることを願い 信じている。



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2010/09/08 01:28  | | #[ 編集] |  ▲ top


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