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さらに、文化の「格」
- 2006/07/12(Wed) -
前記事で述べたことは、「国とそこでの地位」 以外に、文化のさまざまな領域でも言える。

たとえば、いま話題のサッカーを例にとれば、日本人選手がヨーロッパのクラブに移籍することは、「下」 から 「上」 への移行であることはわかろう。三浦カズ選手が中学でブラジルに行ったことは、「サッカー」 という点で見れば、これも 「下」 から 「上」 で、彼は、そこでいまの自分を築いた。しかし、同じブラジルでも、年金でブラジルに移住しよう、という人々は、たぶん、「上」 から 「下」 への〈生きやすさ〉を選択した結果だろう。

引退声明を出した中田英寿選手は、無論、日本からイタリアに移籍して 「下」 から 「上」 に行き、成功できた。しかし、最後に、イギリスのクラブに移ったことが、果たして、これも 「上」 への移行だったかどうか、微妙だろう。

個人レベルで問題なのは、現実の上下関係と、個人認識での上下関係が一致しない場合だ。その場合、本人は不必要に苦しまなければならない。

私がスウェーデンにいたころ、九州大学の医学部を出て、いわゆる、日本での大学職を待っている研究者たちが数人いた。彼らは、無論、日本ではエリートだったし、自分たちもそう思っていた。しかし、ノーベル賞の国スウェーデンでは、彼らは、スウェーデンに 「学びに来た」 者たちにすぎない。彼らは、スウェーデン語を学ばず、日本人だけの内輪でスウェーデン人学者への不満を日本語で言い合い、スウェーデン人研究者からは、もう少しまともな英語を話せ、と言われていた。

彼らは、それでも、「スウェーデン留学」 という 「成果」 を得て、任期を終えて帰国して大学職に就いた。その意味では、彼らもまた、「下」 から 「上」 へ行った者の成果を挙げたのだ。

スウェーデンは、ヨーロッパの田舎、と呼ばれる。スウェーデン人は、首都のストックホルムを 「大きな村」 と呼ぶ。その一方で、スウェーデン人は、実に、自国の文化に極めて高い度合いで尊さをみとめている国民である。そのあたりの、スウェーデン人の飾らない態度と内面の誇りのバランスもまた、Gillis Herlitzは書ている。

単なる外国語を知ることだけでなく、国民性を知ること、そして、その上で人としての個性を知ることが、異なる文化から学ぼうとする者には求められる。
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