老いに向けて 〔K29同窓生への新年の挨拶〕
- 2010/01/02(Sat) -
身の回りに十分な調度をそろえていても
脚腰痛で動き苦痛ならば、ちっともうれしくない

愛すべき小さい者たちが身の回りにいても
その健全な成育を自分が達成できる能力に翳りあるならば、哀しさ生ず

後のブッダであるシッダールタは、自分の息子に 「障碍」 という意味の名前をつけた



「老い」 は苦である、とは、かつてブッダが闡明したことであるが、
そんなことは年寄りはだれでも知っていることだとも言える.

しかし、そう、はっきりと言えたことにブッダの功績がある.それは、現代に至るも同じだ.




「自覚する」 ということ、もしくは、ブッダという言葉の原語の意味のままに 「覚醒し了る」 こと

生きていれば、人はなかなかそれができない.


目覚めていれば、今日の仕事、家族の食事、諸々の責務、自分の身体の用事・・・
それで、だれもがわかることが、だれもにも考えられることが二の次にされる



老いてもなお生きるには、
それが、苦の集まりばかりだとしたら、芥川の選択を私たちは肯首するしかないが

覚醒して生きる、そして、

これも老いの現実だと納得して生きる、そして、

年経たればこそでき、言えることを周囲に及ぼす



同窓生たちよ、私たちも、もう、そんな年齢に近づいたのだ.


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