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国同士の「格」の上下
- 2011/05/11(Wed) -
どんなものにも 「上下」 の格づけがされるように、残念ながら、国と国との間にも、ある種の 「上」 「下」 の位置関係が厳然として存在する。

「下」 の国の人間が 「上」 の国にいって認められるには、通常、その国の人間の数倍の努力が要ることになる(と 『スウェーデン人 ―― 我々は、いかに、また、なぜ』 の原著者 Gillis Herlitz は書いている)。「上」 の国の社会に認められて受け入れられたら、故国でよりも、高い水準の生活が得られることになる。

逆の場合、「下」 の国へ 「上」 の国から行った場合は、労せずして、自国にいたときよりも高い地位と収入が待っていてくれる(上掲書本文訳まま)。しかし、その国の国民として同化していけるかどうかは、「上」 から来た人間の趣味と人生観の問題になる。

具体的に言おう。

この意味では、スウェーデンと日本では、スウェーデンのほうが 「格上」 である。

その事例がある。

私が仙台にいたとき、ある外国語学校から連絡がきて、日本人生徒とスウェーデン人講師がうまくいかない、という相談を受けた。
私がそのスウェーデン人に会って、原因はすぐにわかった。彼は、スウェーデンでは高卒で、日本人でも外国文学を勉強した者なら知っているような、ヨーロッパの作家や古典の名前さえ知らなかった。
一方で日本人生徒は、大学卒のOLだった。彼女は、スウェーデン人講師と話が合わないのを、自分のスウェーデン語力の不足かと悩んでいたが、要は、いっぱしの社会人とたいして勉強していない高卒生とが話が合わない、というだけのことだった。

そのスウェーデン人は、宮城県ロータリークラブのスウェーデン留学志望生の面接官もしていた。彼は、日本に来て、地位があがったのである。日本のほうが格が 「下」 だからだ。

しかし、日本人にとっては、いい迷惑なのだ。

外国に行くには、この点も考慮に入れて行くとよかろう。
異国で独り自ら、努力に努力して、より実りある生活を獲得するか、
あるいは、自国の 「格」 を頼りに 「下」 に降りていって、自分で築かずとも待ってくれている好条件を享受するか、の二者択一である。


外国で暮らすことの意義と、たぶん、目的も、ほんとうはこんな点にはないのだが、
それでも、こうした物質的現実的側面に左右されるのが人間というものなのだ。



b


(本記事は筆者旧サイトにおいて2005年に書かれたものである.)

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