無限次元
- 2010/01/09(Sat) -
立体図形を描くと、見えない面ができる.
3次元のものを平面にしたのだから当然である.

人間もまた3次元の存在だが、人間社会は3次元ではない.

一人の心理や思考もまた一元的ではないのに、そのような人間が無限に交錯しているのだから、
人間社会は、それが職場や教育機関でも、無限多次元の世界なのだ.



しかし、私たちは、ある行動を選択するときの思考は、
それがどんなに複合的な思考判断でも、あくまでもこちらの悟性判断という点で、
所詮は一面的なのだ.


無限多次元世界を一面的に見る

過誤があって当然というものだ.



私の知人で、「何が本当によいかわからないから」 と言って、
会社で窓際だが多忙を極める部署に配置換えになっても泰然としていた人がいた.

彼が何を根拠にそう語ったのかはわからないが、
私たち個々人の見方では、自分を取り巻く環境すらも的確に把握することは至難といえるから、
自分が見た世界で一喜一憂するのも無駄なのは妥当な考えだ.





だが、では、私たちは、
観察思考を放棄して、
何が周囲で起きても動かず、考えず、機械のようにすごせばよいのか.



それでは、海流にゆれる海草と、風にゆれる葦と同じ.
そこに自らの落ち着きを見いだして得心できる人はいい.

私は、あいにく観察思考をやめられない者なので、
自分の見方を一面ではなく、
なるべく二面、三面、四面・・・と無限に増やしていく努力をしつつ、
一面しか見ない人々の中で少しでも真実を観る努力をして生きる.


真実を観ないでも人は泰然とできるなら、
真実を観る苦痛に耐えて、
動かぬも力を緩めぬ、アトラスのように在ることもできてよい.



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