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ありつづく
- 2009/11/23(Mon) -
おもいかえせば

こんなにいくつもの訣れを経験してきた

どの訣れひとつも

人としてあってはいけない訣れのはずだった

どの訣れひとつででも

心ある者ならば、勇者らしく胸やぶれ斃れてしかるべきものだった

そう、たしかに、そのために、わたしは事実、胸をこわして倒れたし

自らを葬る支度をやめることはない、のだが……


――――――


きみは、自分が飢えて細っても食餌を与えてきた子どもが夜の路上で血流して倒れるのを見たね

そうして、きみは、四たりの子のうちのひとりを亡くした

きみは、しかし、泣かなかったし、

きょうも、女丈夫に生きている


――――――


きみは、ある日、きゅうに倒れた

その日を境に、太陽の下を駆けることも、きょうだいたちと噛み合うことも

なにもかも、命の躍動をすべて奪われた

なにが原因? なにがわるかったの?

きみはなにも問いかけずに四肢をひきずりうごめいて

そうして、とうとう、うんとうんとひとり苦しんで

親にもきょうだいにもみとられずに、別の生き物の手の下で息をひきとった

きみの死は、しかし、どうしてそんなに純粋なんだ

執着もなく、恨みもなく、後悔もなく、動揺もなく

きみの死は、あまりに崇高

きみの死は、純度においてなんらかけるところなかった



どうしてきみは、あんなふうに生ききれたのか

どうしてきみの母は、いまもこんなふうに世界を見ていることができるのか


――――――


わたしは、きのうも生き、きょうも生きた

あしたも生きる用意をしているのは、

生きているかぎり、自分がまだおわらないで、なにかができるとおもうからだ


なにか? それに価値が? だれのために? そんな相手がまだいるのか?

そんなものはいないし、価値などもとよりみとめていない

きみらがあのように生きたように、きみらがいまも歩むように

わたしもまだ生きてなにかをしつづける

なにかのためなどではなく

ただ、至高のものに目をあげつつ在るばかり.


k


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