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幸福な心たち
- 2006/06/02(Fri) -
大学生時代に、私はフランシスコ会のカトリック教会の教会学校のリーダーをしていた。

夏休みになり、小学1年から6年までの児童を総勢40人くらいだろうか、奥多摩へ1泊の遠足旅行をした。
神父さんたちやシスターたちも同道したが、すべてを進行するのは、各学年のリーダーたちと、その総リーダーの私だった。

最初の日、奥多摩の丘陵地を歩いているとき、小学4年生の女の子が川のせせらぎで足の裏を切った。

出血がおびただしく、もはや自分での歩行は困難だった。

各学年は1年生から順に最後尾が6年生の順だったが、私は、自分の権限で、小学4年の隊を先頭、以下、1年生、2年生、3年生、5年生、6年生の順にした。
リーダーたちの中には、4年生のリーダーの女子大生と私が親しいことをあげつらって皮肉を言うものもいたが、私が怪我をした少女を背負って先頭を歩く以上、痛む足をもつ彼女にさみしい思いをさせないため、友人たちのいる学年も一緒に先頭にした選択の結果だった。

神父たちは私の指示に何も言わなかった。

その夜、反省会でそのことが出て、神父は言った。
「まさに○○くんの霊名クリストフォロそのままでしたね。英語などのクリストファーの語源のラテン語のクリストフォロは〈キリストを運ぶ者〉なのです。feroが〈運ぶ〉という動詞ですから」 
教会では、子どもを「幼子のキリスト」とみなすのだった。

別のリーダーが言った。「なんか『野性の証明』みたいだったね」 

そういえば、私が背負った彼女は、ショートカットで大きな目をしていた。

すべてが肯定されて明るく見ることのできた世界がそこにはあった。

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