スポンサーサイト
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
年順
- 2009/11/21(Sat) -
私も年齢を重ねて、かつて父の家を出た時の父の年齢をはるかに越えた.


そうして、昔の私のような、若い人々と出会い、彼らになんらかの教えを述べる立場になってきた.

あるいは、他人の子どもたちと話し、行動をともにすることも数々あった.



☆ ★ ☆ ★ ☆




20代30代の若い人たちに対して私が述べる、共通することがある.

「もう少しゆっくりと、広い視野で考えて行動するようにしなさい」

生きてきた時間が長ければ、自然と長い時間と広い空間で思考できるものなのだ.




ゆっくりとものを考えさせるためには、周囲の年長者・監督者が時間と余裕をもたせてやればよい.

広い視野でものを考えさせるためには、周囲の年長者・監督者が彼ら彼女らに必要な知見をもつ人をあてがえばよい.



それでも、その若者が、性急さを抑えられず、自分に必要な知見をもつ人のことばに耳傾けない場合には、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分に知らない世界がある、ということをわきまえない若者には、
私はしばらくしてのち語りかけを停止してきた.



☆ ★ ☆ ★ ☆




私にも年長の人がいる.彼らは母校の大学の先生であったり、出版社勤務時代に原稿を頼んだ人だったりする.そして、私に対する彼らの態度とそれに対する私の態度を省みるに、


私もまた、年長者の言葉に耳傾けない愚昧な若者にすぎないケースが多かったことに気づいた.


知見ある人の言葉に耳傾けるということは、とてもエネルギーが必要で、自分の皮膚を逆さに剥くような心苦しさを伴うものなのだったことに、
気づいた.


もう少し、私も、気長に、若者に接してやればよかったのかもしれない.




だが、私も、時間と行動に限りのある一人間にすぎない.

相手にできるのは、私に順う者たちだけだったし、これからもそうだろう.

せめて私は、私に語りかけてくれた年長者たちに、きょうあすは手紙でも書こう.



k



この記事のURL | 我が基層 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<ありつづく | メイン | 恣意的教育者にならず>>
コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://odjinn.blog69.fc2.com/tb.php/399-682d6df9
| メイン |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。