去りての弁
- 2011/06/06(Mon) -
(2009.11.11.記)


私が沖縄の離島に住んでいるのは、別に 「沖縄憧れ」 からではなかった.

当時、南極そばの国と、西アジアの大学と、中国の大都市の学校など、
採用は決まっていたが選択しかねていた転職先への途中下車として
日本の南端に立ち寄った形だった.
ささやかな学習図書を断れずに書いた結果、出版社との関係上 日本にいる必要があった.


その後、東京にいる知人たちのほとんどが、
私が半分遊興気分でここにいるとおもっているらしいのを伝聞した.


「沖縄」 という名前が、東京の人々には、

特に価値あるものを生産しないで午睡している人々の土地、

というイメージを喚起するようだ.
土地の人々には心外だろうが、私もそういえば、ずっとそうだったかもしれない.


東京にいたときに週末親をしていた、いまはもう中学2年になる娘が、やはり周囲にこうもらしたそうだ.


「ジン(私の本名である)さんは、映画館も美術館もないような島に行って、どうしてるんだろうね」


私と彼女は、毎週末、上野で動物園と美術館など、東京駅で書店と食事、を常習としていたからだ.



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銀座や新宿のさまざまな洋服店は私にはつとに無意味だった
自分の肩幅にあった上着とワイシャツは特定のデザイナーのもの
それらを洗いに出すのも宅急便で特定の店.靴も特定の店のもの
目新しいものは不要で、それよりは、身体を鍛えるほうが大切
スウェーデンでの生活の影響か

とっくに研究以外の活動を制限してきたから、いまさら娯楽にも興味ない
その研究も自分の行き着ける景色は見たから、もうよくなった
たまに読みたくなる内外の図書はネットで手に入る

東京にいれば、会いたい人、会ったほうがよい人と接する機会がたえずあるが
まあ、人生で、まったく違った文化習慣をもつ人々と接するのもまたよいかもな

映画は……まあ、数ヶ月遅れでネットで観ればいい
どうせ、日本に来るものは、ヨーロッパの数ヶ月遅れが普通なのだから
南方ではうまい寿司やサラダの店を諦めることになるだろうが、
我慢できるうちは肉料理でいいか

スウェーデンで購入した革コートたちとは、半永久的におさらばだ
南の湿気でカビがはえるかもしれないから、知人に預けゆくのが最善だ

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大切なもの、って人生でそう多くない.




愛する相手がひとり、自分の精神を知る子ども  これらはどこにいてもよい

携えゆくものとしては、

腰に合ったジーンズ2本と、肩と腕に合ったTシャツ4枚

コンピュータ2台と、落ち着く眼鏡3つ(1つは度入りサングラス)

世界の塵にまみれてきたカバンと、靴3足



これらがある限り、私は、またどこへでも住みにゆける

たとえ、それが、冥土とかいうところでも




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