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すばらしき哉 地上
- 2014/02/27(Thu) -
『河童』 の中で、芥川龍之介が、たしか、文学よりも芸術性の点では音楽のほうが優る、というようなことを書いている箇所があったとおもう.

ある情況、ある心情を人の精神に喚起するのに、文章の力よりも音楽のそれのほうが力強い、というような、文学者・芥川なりの詠嘆でもあったのかもしれない.


私はいまは、ほとんど音楽を聴かないが、二十代前半、大学そばの下宿に一人暮らしをしていて、テレビもない生活をしていたころは、カセットテープで音楽をよくを聴いた.といっても、クラシックなどではなく、内外のポップスとかである.



数年前、東京・上野を、血のつながらない娘と散策していたとき、8月の末の夕方だったかとおもうが、突然、カメラとマイクのクルーに取り囲まれ(テレビ朝日だったか)、
「仲のよさそうなお父さんと娘さんなので、ひとつ、よろしいですか」
と引き止められ、「お父さんの、夏の終わり、というイメージの曲をお聞かせ願えませんか」 と質問を受けた.

突然でもあり、また、もう音楽といえば、その娘のピアノ発表会に行く程度の縁しかなかった私は、若いころ聞いた曲の題名を何も思い出せなかった.クルーは最後には、「たとえば、サザンで何か、とか」 とまで言って誘導しようとしたが、私は 「なにもおもいつかんなぁ」 としか言えなかった.娘に、「おまえ、なにか言えよ」 とふっても、さっきまで私の前でぎゃははははとわらいこけていた小5の娘は、手を後ろに組んで脚をもじもじさせて 「わかりませぇん」 とカメラの前でしなをつくっただけだった.


いま、インターネットでサザンの曲を検索したら、「夕方hold on me」 という曲が目にとまった.

ああ、ちょうど夕方だったから、こんなのでも彼らに答えてやれたらよかったのかもな、とおもった.

この曲の時代が私が彼らを聴いていた時代だった.もっとも、当時の私は、別に恋人がいたわけでもなく、人生最大の望みは、きょうこそ、平行棒で棒状宙返りが成功しますように、ということだったが.(私は、器械体操を大学でしていた.) たぶん、私の高校の同窓たちが大学を終わって就職活動をしていたころに、私はまだそんなだった.私が本格的に学問をするようになったのは、選手をやめた22歳のころからだったのだ.

そして、サザンのその音楽を実に30年ぶりくらいに聴いて、あらためて意味のない歌詞だとおもいながらも、あのころの三畳一間の、いまよりも確実にエネルギーも希望も溢れていたころの自分の心情と生活の空気を思い出した.


スウェーデンで録音してきたテープを聴きながら、冬の東京に一時帰国して出版社で原稿を書いていたころの自分の心情もまた、当時聴いた音楽とともに思い出す.


それらの音楽がもたらす効果は、たとえいま南の離島にいるといっても、いまの生活の中の風景ではなく、きまって、あのころの東京やスウェーデンでの風景と自分の心のありようなのだ.文章でそれを表そうとすると、おそらく、当の本人の私にもそれは到底できるものではないのに、音楽とそれらは確実に結びついている.


――――――――


私には音楽の才能はない.しかし、世界には、それを備えて、人々にその効果を供する人間がいる.いろいろな才能・能力をもつ人間によって世界は成り立っていて、それが、すばらしい、とおもう.
商業的成功などとは無関係に、愚かで過ちの多い人間たちでも、このようにさまざま多岐な才能をもってこの星でうごめいているのは、それはそれですばらしいことだと単純におもう.


c



(09.11.11.記)

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