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このまま
- 2013/03/17(Sun) -
死は日常にある。離島では、月に1度くらいは車道で轢死している猫を見る。海岸では、ウミガメの死骸を見る。むろん、魚の死骸もある。知り合いの食肉牛を育てている知人は定期的に業者に牛を渡す。

猫の叫びを聞くと、市役所が設置しているという野良猫捕獲器にまたどこかの猫がかかったのかとおもうが、自分が飼っているものが全員帰宅するともう心配はなくなるのが人情だ。バスや飛行機の事故を聞いても、家族の安否を知れば安心するのが人の心なのだ。

だから、人は 「死」 を悼むのではなく、死によって愛するものと別れることを悲しむのである。

かたや、自分が死んでも愛するものとの別れは起こるが、一度、心筋梗塞で倒れて、一人暮らしの腐乱死体にならないように一応は消防署に電話して倒れていた時と、その後、救急隊に拾われて病院回りをしていた時に死を覚悟したことのある私は、苦しみ自体については、「もう安楽死させてほしいのだが」 と救急隊員に言ったものの、死に伴う悲しみはなかった。突然のそのような時もそうだったから、二度目にそうなってもかわらないだろうとおもう。常に、きょうの午後に人生が終わってもよいように生活の全てを整理してある。

子どものころは、自分が死んで、自分が考えたことが宇宙から完全になくなってしまうことに涙を流したものだったが、やがて、どんな人も、自分を知る他者の存在をもっていることで自分の死を自分の終結とおもう必要がないことを知った。子どもがいる人は子どもがそうだろうし、私のように子どももつれあいもいない者でも、後の時代に残るものを創作していれば自分の精神が残る。私の場合は、翻訳書の 『スウェーデン人』 がそれに当たろう。また、10年前にスウェーデンでスウェーデン語に翻訳したままコンピュータに放置しておいたある日本の童話の翻訳原稿も、先月たまたま版元に原作者の消息を聞こうと電話をしてみたら、新しい担当がスウェーデンでの出版活動を引き受けてくれたから、そうなれば、自分の作業がヨーロッパの家庭にも伝わることになる。別にそうでなくとも、私がつきあった子どもたち、それは、恋人の子どもであったり、勉強をみた子どもたちであったりするが、彼ら彼女らが私の言葉や私との日々を記憶に残してくれたら、全て有限な世界とはいっても、私の痕跡は死後もしばらくは残ることになるだろう。

自分が死ぬことにさほどもはや悲しみを感じないのは、1つには、私は、若いころからいままで、国の内外で、愉しいことをじゅうぶんにやったし、美しい人を大勢知ってきたし、おいしいものもよく食べた、と単純におもっているからもあるが、もっと大きなことは、自分が死んでも、自分が愛するものたちは元気にさらになんとかだれかに愛されて生きてゆくだろう、とおもっているからだ。「自分が愛するものが幸福でいるのを知る幸せ」 は、自分自身の死によってまだ崩壊するものではないのだから。

ただ、いまの私の心情も、私が結婚していず、伴侶も子どももいないから言えることなのだろう。恋人の子どもと暮らしていたころ、私は彼女・彼の平安に心をくだいた。これが 「親」 の苦しみと幸せの本質であろうと、人生の秘密の一端を垣間見た。もしもそのような存在が身近にいたら、私も、きょうの午後死んでもよい、などとは言えまい。一緒に外出していた 「娘」 には、心臓の手術のすぐあとでもあったことから、私が路上で斃れても悲しんだりあわてたりしてはいけない、すぐに近くの人に知らせて、自分でも119番に電話するんだよ、と教えた時の彼女の厳粛に悲しみを予覚した顔はただちに私の深い悲しみでもあった。

――――――

愛するものが存在すること、それが、人生の幸せであるとともに苦しみの源でもある。しかし、人は、愛するものをもつこと、愛することをやめることはできない。人間であることには、苦しみをもちながら他者を愛して生きる以外にありようがないのだ。

k



(09.11.07.記)


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