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理解されずに生きる
- 2016/03/10(Thu) -
きみは人に理解されにくい、と私は敬愛する恩師に言われたことがある.
まだ、私が二十代になったばかりのことだ.

そのころはそれが自分でも疑問符のままだったが、
それから30年生きて、ようやくその先生の言葉が裏づけられたのを知った.
尊ぶべきは、人を見る目がある年長者の言葉だ.


たとえば、


私が研究者にならなかったのは、
自分の人生がさる先生のように研究一筋でなく、
風や人を愛する気持ちに彩られていたことを知ったからだ.

私がラクで高給の企業を辞したのは、
そこでは自分が生かしきれていないと悟ったからだ.

北欧で教育された私が南国に住むことにしたのは、
大学教員になって数年に一人後代に残る研究者を金とコネで製造するより、
自分の思う教育でこれからの子どもを鍛えるほうが歴史のためだとわかったからだ.

私が、安楽死をすすめる獣医に反して、交通事故に遭った子猫を養育することにしたのは、
私とその母猫との信義の問題なのだ.


・・・・・・といった、通常の大人の男なら選ばないであろう選択肢ばかり私は選ぶ.


その本当の意志と気持ちの在処は、
だれにも理解されないに違いない、それで結構.


だれからも理解されずに生きる、

しかし、それは、流れる雲や、揺れる草と同じに、あってもよい生き方だとおもうのだ.



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(2009.10.18.記)


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