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いずれにせよ
- 2009/09/14(Mon) -
心筋梗塞で倒れたのは、東北大学研究室から戻った直後の夜11時過ぎの自室だった.

苦しみの理由はわからないながらも、これは命にかかわると直感したので、ドアまで急ぎ、ドアロックをはずし、携帯電話で救急車を呼んでドアの内側で倒れていた.助かりたかったのではない.独り暮らしの死後に死体が何日も放置されて腐乱してはマンションに迷惑だろうとおもったからだ.

これで、あとは葬儀をなんとかしてもらおうと安心して倒れていたら、どやとやど靴音がして、なにかに乗せられ、頭がぐるぐる回っているうちに、自分がクルマに乗っているのがわかった.苦痛で目を閉じていた私の頭の上で、「ここはだめだ、労災病院は?」 などと人の声が聞こえた.




救急車に乗っていた間、あまりの苦しさに、そしてそれ以上に、自分の人生でなすべきことは十分なしたという思いから、「死なせてくれないか」 と目を閉じたまま、相手の顔も見ずに頼んだが、返事はなかった.


そうして、4軒めの病院ですぐに手術を受け、蘇生した.




いま、離島の病院で毎月心臓の薬をもらうために医師の問診を受けるが、死を実感として覚悟した身としては、いまの生を充実させて日々生きるだけのことなので、「いつ死んでもよいです」 と医師に言うと、「困るんだよなぁ、死をカンタンに思われちゃ。死の苦しみ、断末魔の叫びををあんたは知らんでしょ」 と私と同年輩の医師が言った.


アンタは私の心を知っているのか.

所詮だれにもわからない他人の心とはいっても、あからさまに人を理解しない言辞を吐く人間に最後に身体をいじられるかとおもうと、なんだが、むなしい.
むしろ、俄然、生に耐えてやる、という意気がわいてくるのが、若い頃に返ったようで、我ながら可笑しい.

a


(9.5記・改)


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