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これから
- 2009/09/12(Sat) -
怒りの感情、というのは、論理的に誤りである、

ということは、かつて、仏陀 (あえて 「釈尊」 とは書かない) が諦(あきら)かにしたことだ。



それでも、人は、「自分の思うとおりにならない」 事態に出くわすと、怒りを発するものだ。



それが継続する時間の長さは人それぞれだろうが、

私も、生徒が教室で不届きな行為をしたときとかには、そんな感情が芽吹くのを一瞬感じる。
(そういう意味では、わたしも、まだまだだ。)

おととい書いた、去年知った八重山のあるNPO団体のあり方にも、そこを去ると決めた時期、
世間の善意の援助を私欲のために利用していることへの怒りを抱いていたが

ニンゲンというものは、映画 『スターゲイト』 のノックス人のようには、おそらく、未来永劫なれないものなんだな、

とおもうことが多くわかるようになってきた。

地球環境も、子どもの未来も、それを食い物にして自分の人生に利しようとおもう輩が細菌のように地上に残り続ける以上、

保護動物は絶滅し続けるしかなく、劣悪な環境の子どもはそこから出られないで死に続ける。



わたしたちは、「目覚めてしまった人」 のように、

絶えず論理的に 「怒り」 が誤謬であることを諦(あきら)めていることはできずとも

愚かな人間的あり方に対しては、 「怒る」 ことよりも、

頭脳あるものとして、より大きく、より価値あるものを意識し続けることで

「怒り」 を超えて、より 「よく」 生き続けていきたい。




それがまま困難でも、わたしたちは、前を見上げて、なにかよきものを遺すよう生きるしかない。




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(本記事は2008年9月23日に書かれた.)


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