土地の風に
- 2012/04/26(Thu) -
私は、大学時代から自分で働いて生きて、故郷の横浜には、その後の30年間に両手の指の数ほども帰省していないので、

神奈川県のその土地よりは、移動に移動を重ねた数々の土地の風のほうが心象になじんで残っている。

休日の午前、さわさわと流れる風に目を閉じて横になっていると、

ここが、

スウェーデンのウプサラの、森に囲まれた学生寮の自室かといまも錯覚する。

もう少し蒸し暑くなってくると、アキラとその母親と別れた仙台の夏の東北大の研究室へ至る坂道にいまもいるのかときっとおもうだろう。

ざわざわしている島の空港に行く用があっても、イギリスよりもベルギーよりもなじんだフィンランドのヘルシンキ空港のすがすがしさをすぐに求めているし、

旅先のごちゃごちゃしたホテルの食堂では、コペンハーゲンでの乗り換え時間のあわただしさか、もっと粗末なテープルだった、日本の早稲田大学への道筋の 「ミッキー食堂(その後、地上げにあって、年寄り夫婦は大金持ちになった)」 をいまも感じる。

私は 「ホテル」 (通称・ラブホテル、というところには行ったことがないが)が好きで、

東京で働いていたときは、月に何度かは高層ホテルに1人で泊まって過ごしていたが

その時に見える夜景も、東京の空のものというよりも、ベルギーのホテルで感じたのと似た、鎮かな憂鬱ばかりが部屋を充満させていた。まあ、それを味わいに行くわけだが・・・・・・

ここでも猫が私の部屋を出入りするが、
もっともなついて日本にまで連れてきたスウェーデンの猫は、親戚が預かってくれたきり返してくれなくなった。私が教え込んだ人間との散歩習慣も、自分が教えたとその親戚は誇っている。
生きているもの同士だから、訣(わか)れがあっても当然だ

いま来る猫の目を見ていると、新宿での猫とも、その前の中野の猫とも、そのスウェーデンの猫とも、あるいは、
生まれそうで生まれなかった昔の恋人との間にできた子どもの魂とも同じものが、
その目・姿に宿っているようにおもえる。


そういうと、何度でも新規巻き返しがきく人生でも、やっぱり、「一回きり」 の人生なのだ、ということを思い知る。
人生のさまざまな段階で経験できることは所詮は1つきりで、人はそれを記憶して次の人生の段階へのぼっていくしかない。

人と人との意見の衝突も、確かに、そうして積もり重なった経験の違いにしか基づかないのがほとんどだから、
自分と違う考えのニンゲンをことさらに攻撃・排斥・嫌悪する一部の者に対しては憫笑のみだ。


さて、いま、窓から見える景色のここは、どこだ・・・・・・?
ああ、南の離島だったんだな・・・・・・やっぱり、外国語を話せる土地にまた行こうかな、それなら、いっそ、非印欧語の土地にいってみようか、いや、2年前に私がここから送り出した島の若者が教師となって戻るまで、約束どおりここにいるか。

s


(本記事は2008年4月20日に書かれた.)


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