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異文化をたのしむ心
- 2009/08/26(Wed) -
私がこれまで出あった若者たちの中には、生まれた土地を出たがらない者が少なからずいた.
仙台でも、ここ、沖縄の離島でも.もっとも、ここでは、この島は出たいが、本島に住みたい、という者がそれだ.内地に行きたいと思わないのだ.

なぜ、そうなのだろう.数日前に書いたが、私が病院で会ったおばあさんでも、なんとしても島を出たかった、という人がいたのに.


☆ ★ ☆ ★ ☆



私は、海外に定住していたのはスウェーデンだけだが、そのほかの土地にも知り合いを訪ねてゆくときもあった.私は、どんなヨーロッパの住まいでも、そこに一時的にせよ住むのが好きだった.

シャワールームのある場所も、部屋によってまちまちだ.それは、日本ではおもいもかけないところにあったりする.バスタブも、それがある部屋のつくりは日本では見られないものばかりだった.ベッド1つにしても、どんな日本の家具屋のベッド展示室にあるものとも違っていた.ドアのつくりさえ、国が違えば違うのだ.

私は、それらのものを見て、自分で使うにつけ、そこに、それを使うことになじんでいるその土地の外国人の感覚に同調しようと無意識に心を向けていたようにおもう.

そして、そこに喜びを感じていたのだ.未知の感覚を未知のモノによって自分の内に覚醒されるたのしみ.


☆ ★ ☆ ★ ☆



いまいるところがどんなに愉しく案楽でも、他にも同様かそれ以上にわくわくする世界がある、と思えてしまう.

だから、私は、自分の知力体力を使ってどこでも生きられるとおもっている限りは、どこにでも行こう、と考えてしまうのだろう.




やはり、次は、南半球、南極のそばかなぁ.



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