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荒野で叫び謳う
- 2016/09/20(Tue) -
きょう、ひさしぶりに人が大勢いる場所に出て、待合室みたいなところでやむを得ずテレビを観ていた.

そうして、NHKアナウンサーと相手の話を聞いていて、わかったことがある.


日本人は、相手がそう思いたい方向に沿った話し方をするものだ.たとえ、自分の見解がそれとは多少違っていても、相手の話にうなずき、その趣旨に沿いながら、自分の見解は言わずにいて、いよいよ亀裂が避けがたくなったところで、それを修正する可能性はどうでしょうか、と持ち出す.


私は、スウェーデンの大学では、討論の訓練も受けた.
相手の話に対するいくつかの応答例があって、どれが最もよい応答かを説明され、そう話すように教えられた.その教えの1つが、要点を冒頭に言う、ということがある.


しかし、それを日本人相手に行うと、自分の見解にご満悦の相手に冷水をぶっ掛けるようなことにもなりうる.


それでヨーロッパ流でよいわけなのだが、日本では、自分とは異なる意見を正面から言われると、自分の全てを否定されたかの如くこちらを憎み敵視する単細胞な頭脳の持ち主が大勢いる.

他の日本人と同様にナアナアだったスウェーデンに行く前の私は、帰国してからは、一時雇われ頭脳をしていた東京の出版社でも、沖縄のNPO団体でも(職員は内地出身者である)、私は、別に相手のニンゲンをどうとも思って発言しているのではないが、相手がご満悦の企画や行動を、「そんなことは・・・・・・だから、やめるのがよい」 とあっさり断言した結果、ニンゲンとしての私を憎まれ、とんでもない誹謗や、嘘ばかりからなる中傷、という仕返しを受けたものだった.


私は、だが、自分のそんな発言習慣を今後も改めるつもりはない.だから、ここで若者相手にも好き勝手なことをしゃべるために、勉強を教えているようなものだ.

私の任務は、人が気づかないことを天が下に告げ知らせること、人が手を出さないことを敢えてすることだと明らめている.これからも、野によばわる者としての生を全うするつもりだ.


s



(本記事は2009年8月20日に書かれた.)

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