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定め、というものがあるならば
- 2009/08/11(Tue) -
前記事に、スウェーデンの朝の風景を書いた.

人には記憶力があるから、ある出来事・ある一瞬を記憶にとどめ、それを感覚にいつでも再現することができる.思い出が永遠の力をもつときだ.

私は、しかし、思い出を振り返ることはしないことにしている.スウェーデンでの勉強のことも、出会った人々のことも、昔の恋人たちのことも、仮になにかのきっかけで脳裏に浮かんだとしても、さっき道で出会った猫ほどにも思わない.

そんな自分をどうしてかと考えてみた.
私は、大学から送られてウプサラに4年留学したが、その後の人生で、母校の大学に戻らなかったし、博士論文を書こうとしたところで身体を壊し、それから専門書は読まなくなった.自分の過去がいまの自分につながっていないから、自分は過去を振り返らないのだろう、と思っていた.


だが、いまも、私のいるフロアで勉強している島の高校生・中学生を見て、話していて気づいた.
そもそも、私がこんな場所を提供しているのはなぜだろう、と考えてみて、私は、それが自分に必要だからなのだ、とわかった.

無論、必要、といっても、お金ではない.

私には、自分の頭脳を覚醒させることが至上の喜びなのだ.
ウプサラでの生活も、彼の地での恋愛も、あるいは、日本での活動も、すべて自分の頭脳を覚醒させるために必要だったので、その期間が終わったら、別の 「頭脳覚醒のために」 なすべきことを探さないではいられないのだった.

そして、いまは、自分の子どもであってもおかしくないような、しかし、私の知らない文化の中で育ってきた無垢な魂を相手にすることで私は自分の頭脳も刺激し、覚醒を得ようとしている.

このあと私がどこに行くかはわからない.
ただ、あきらかなのは、

退屈なことを、私の頭脳は私に許しはしない、ということだ.

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